第15話『革命の教師、始まりの授業と揺れる少女たち』
それは、かつてないほど注目を集めた授業だった。
場所は王都中心部に新設された、王立魔導新学舎――
王国でもっとも進歩的な知識が集約される“実験的学習機関”。
その講堂に、朝から数百名の生徒、貴族、軍人、魔導士、商人までもが詰めかけていた。
皆の目的は、ただ一つ。
――異世界から来た、数学教師の“公開授業”をこの目で見ること。
「ほな、今日もアメちゃん配ってから始めよか」
壇上に立ったカイ・クロスは、相変わらずの調子で飴玉の瓶を取り出した。
だがその一挙一動に、会場全体が注目していることに、本人はさほど気づいていない。
「そこの兄ちゃん、顔怖いからこれでも食べとき。そっちの姉ちゃんは……目がええな、ミント味どや?」
「…………」
誰もが最初は呆気にとられた。
が、すぐに、講堂に温かい笑いと空気が流れ始めた。
それは、今までの「魔導授業」では決して感じたことのない、“人間味のある導入”。
「せやな。今日は“魔力の揺らぎ”についてやけど、みんな魔力ってなんやと思う?」
「……意志の力?」
「そやな、それもある。けどワイから見たら、魔力は“ベクトルと密度”の塊や」
そしてカイは、黒板いっぱいに“魔力の流れ”を関数と図で可視化していく。
放物線を描く軌道、波動の周期、魔導陣の変形パターン。
難解なはずの内容が、数式と共に“整理されて”いくその瞬間――
空気が震えた。
(これが……“教える”ということ……?)
(これが、カイ先生の“授業”……!)
そう思った生徒たちは、皆がノートを走らせ、目を輝かせた。
講堂の一番後方。
誰にも気づかれぬように座っていた一人の少女――
フィリア・エストレアは、ずっと俯いたまま、手帳に細かくメモを取っていた。
(私……やっぱり、好きなのよ。あの人の“教え方”が。
誰にでも、分け隔てなく接して……バカみたいな言葉で、難しいことをちゃんと伝えてくれて……)
けれど、その想いは口には出せない。
今更、自分が「ここに戻ってきた理由」を、彼に伝える勇気がなかった。
(私にとって先生は、ただの“先生”じゃない。……でも、それを言ったら、全部壊れてしまいそうで)
◆◇◆
講義が終わると、講堂全体から拍手が起きた。
カイは苦笑しながらチョークを置き、
教卓の上に飴玉を三つほど並べて立ち去ろうとしたとき――
廊下の外で、彼を待っていたのは、ルーティア・フォン・ヴァレンシュタインだった。
「……盛況だったみたいね」
「まさかあんなに来るとは思わんかったわ。アメ足りるか不安やった」
「それが心配だったの……?」
そう言いながら、彼女は少しだけ視線を落とした。
その瞳の奥には、いつもと違う揺らぎがあった。
ふと、彼女はカイの腕を、ほんの一瞬だけ――指先で掴んだ。
「……ねぇ」
「ん?」
「私、最近ずっと思ってたの。“あの契約”が終わってから……
あなたと、どんな関係でいるべきなのか、わからなくなって」
「…………」
カイは真面目な表情になって、彼女の目を見た。
ルーティアは、一拍だけ間を置いて、言葉を続けた。
「でも、もう決めたわ。私は、あなたの“生徒”じゃなくて、
あなたの……“隣にいたい人”になりたいの」
静かな、けれど確かな告白。
それは、高貴な令嬢としての誇りではなく――一人の少女としての本音だった。
カイは、ふっと息を吐いてから、ぽつりと言った。
「……なんか、嬉しいな。ワイ、特別になんも持ってへんのに」
「持ってるわよ。ちゃんと……いろんな人の心を動かせる何かを」
その直後――
王都に響いた、大きな鐘の音。
それは、王国の“緊急召集”を意味する。
魔導省から、突如通達が下ったのだった。
>「エルストラより、正式な“魔導特区干渉要請”が届いた」
>「クロス・カイに対し、再び外交的交渉を行いたいとの申し出あり」
>「また、“エルストラ魔術師団長”自らが、講和の名のもとに王都へ来訪する」
物語は再び、“国際の舞台”へと向けて、動き始めていた。




