第14話『王都召喚、王の前で問われる存在』
ロゼリア王都・セレフィア。
大理石の尖塔が立ち並び、天空を映すほどに磨かれた回廊が城郭を囲んでいた。
王宮の正門をくぐるのは、カイ・クロスにとって、これが二度目だった。
ただし今回は、正式な“被召喚者”としての来訪だった。
「――これより、クロス・カイ殿に対する“存在裁定審問”を開始する」
玉座の間は沈黙していた。
王国の重臣たち、魔導省上層、王族、そして隣国の特使たちまでもが集う重々しい空間。
そしてその中心に立たされるのは――地球から来た、ただの元・数学教師。
「ワイ、こう見えて緊張しいなんやけど……なんでこんな注目されとんねん」
ボソッと呟くカイに、傍に立つルーティアがヒジで小突いた。
「静かにしなさい。場を読め」
「いや、読んだ上で言うたんやがな……」
周囲の者たちは、その“異質な言葉遣い”にも眉をひそめていた。
だが、それすらも彼にとっては“普段通り”。
王座に座るのは、ロゼリア王国を治める王、レオンハルト・セレフィア・ロゼリア三世。
その右に立つのは、かつて“賢王”とまで呼ばれた魔導王家の参謀、ゼガル・ファルナーク――
伝説級の“大賢者”である。
「クロス・カイ殿。貴殿が異世界から召喚された者でありながら、
本国の魔導体系における“根本定義”に触れ、独自の理論で魔方陣を解析していると聞いている」
「そういうの、ちょこちょこやってるだけで……本職は教師です。数学の」
「だが、その理論は魔導省の禁術に匹敵する応用性を持ち、また王家に伝わる“古代式”とも一致する箇所がある」
「……マジで? それは知らんかったなぁ」
「……ふむ。ならば、実演してもらおう」
王の合図で、一枚の魔導陣石板が持ち込まれた。
それは、数百年もの間、誰一人として解読できなかった古代陣。
「この構造を解析できるか?」
カイは、石板を覗き込む。
(……あれやな。魔導の座標式をベクトルで書いたやつに、回転群を追加した感じか)
(sinθやcosθの定義が地球と似てるのがありがたい)
そしてカイは、懐から取り出したチョークで、横にあった黒板に式を書き始めた。
√(a²+b²) = r
θ = tan⁻¹(b/a)
∴ 魔力の流動式は、“極座標”に変換可能
カイが淡々と説明を進めるたび、
その場にいた王族、魔導省、各国の使節団が次第にざわめきを見せ始めた。
「こ、この理論……! 古代文献の“流転の書”に記されていた原理と一致しているぞ!」
「なんという……! だが、誰も読めなかったはずの式を、なぜ彼は――」
カイは、すべてを書き終えた後、ぽんっと手を叩いた。
「はい、終了。魔力を“回転”で捉えると、こういう風に整理できます」
沈黙。
やがて、大賢者ゼガルがゆっくりと立ち上がった。
「……この男は、“異質”である。だが同時に、我らがまだ知らぬ“真理”へと至る可能性を持っている」
「よって、私の名において――この者を“王国特認教師”として認可し、
王国の“新魔導教育顧問”に任ずることを提案する」
その瞬間、空気が爆ぜた。
魔導省の一部の者が声を荒げる。
「ありえぬ! 王国にとって、あまりにも危険すぎる!」
「魔力の本質を“数式”に還元するなど、魔術への冒涜に等しい!」
「民間の平民出であり、貴族の身分もなき者が――」
「静まりなさい!」
ルーティアが、きっぱりと言い放った。
「この者は、私の目の前で、何人もの生徒の“未来”を救いました。
魔法を使えなかった者が、カイの教えで初めて魔法を発動できた。
貴族も平民も、身分も関係ない。彼は、“教えた”のです!」
王は、その言葉に目を細めた。
「……ヴァレンシュタインの令嬢が、そこまで言うとはな」
◆◇◆
そして――
その場にいた、王子レオンもまた、沈黙を破った。
「俺は……かつて、この男を“下賤”と侮った」
「だが、違った。俺には解けない魔導式を、彼は“当たり前”のように解く。
俺が何年もかけて届かなかった場所へ、たった数週間で辿り着く」
「……だからこそ、俺は認めたくなかったのかもしれない。
あのとき――ルーティアが、“あの男”を選びそうだったのが」
ルーティアが、一瞬言葉を詰まらせた。
けれど、王子は静かに続ける。
「だが、もう見誤らない。俺は、王子としてこの者の存在を認める」
こうして、“異世界から来た男”は――
王都において、“最も異端な教師”として、正式に認められることとなった。
カイ・クロス。
地球から来た元数学教師。
今や、王国を揺るがす“知の変革者”として、その名が刻まれ始めていた。
◆◇◆
そして夜、王都の宿舎の一室。
カイはベッドに寝転がりながら、天井を見て呟いた。
「……また、偉いとこまで来てしもたなぁ。
教卓の前でアメ配ってただけの男が、王都の教師とか、冗談にも程があるで……」
その声は、どこか寂しげで、でも――誇らしげでもあった。




