第13話『選ばれなかったヒロイン、届かなかった手紙』
朝の学園。
どこかざわつく空気の中で、フィリア・エストレアは、旧図書塔の階段を静かに登っていた。
そこは、今ではほとんど使われていない、古い蔵書が眠る塔。
けれど彼女は、その静けさを好んでいた。
(……本当は、ここに来るつもりなんてなかったのに)
手にしていたのは、一通の便箋。
それは、彼女が何度も書いては破り、ようやく仕上げた“あの人”への手紙だった。
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拝啓 クロス先生へ。
最初に授業を受けたとき、私は、ただただ驚きました。
あなたの教え方、あなたの言葉、あなたの魔法陣の見方。
どれも私の知っている“魔導”とはまるで違っていて、
それなのに、不思議と心に残って――
私は、ずっと知りたくなったんです。
“この人は、どんな世界から来たの?”って。
……でも、私は弱いです。
あなたのそばにいたいと思いながら、
誰かの言葉ひとつで、それをあきらめてしまった。
あの日、王子様に言われたんです。
「君は俺が教える。もう、あの男には近づくな」と。
それが“命令”ではないことは、わかっていました。
でも、私は従ってしまった。だって、私は――
レオン様が、好きだから。
だから私は、“あの場所”に戻れません。
あなたの授業を受ける資格も、もうないと思っています。
でも、どうしてもこれだけは伝えたかった。
先生。
あなたの授業、私は心から尊敬しています。
あなたの在り方は、誰よりも教師で――誰よりも、人らしい人でした。
どうか、無事でいてください。
あなたの教え子より
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便箋を閉じて、彼女はふっと小さく息をついた。
(……出せないわね、やっぱり)
何度読み返しても、言葉が震えて見えた。
そして彼女は、その便箋を本の間に挟み込むと、棚の奥へと戻した。
(この想いは……私だけが知っていればいい)
◆◇◆
その夜。
フィリアは寮の自室で、灯りを落としてベッドに横たわっていた。
その瞳に浮かぶのは、いつかの教室、飴玉を配りながら関西弁で笑っていた、あの“変な教師”。
(今でも、夢に見ることがあるの。あなたが……私に、何かを教えてくれてる夢)
(でも、私は――ヒロインには、なれなかった)
◆◇◆
一方その頃。
ルーティアは、カイと共に学園の訓練場で遅い時間まで魔法陣の練習をしていた。
「……さすがやな。ここまで座標理解できる生徒、なかなかおらんで」
「当然でしょ。誰だと思ってるのよ、私は」
「いやいや、ちょっと前まで“こんなのは貴族の学ぶものじゃない”とか言うとった人が何を……」
「うるさい!」
その笑顔は、どこか安心していた。
彼女の心には、もう“疑い”よりも、“信頼”が大きく根付いていた。
◆◇◆
そして深夜。
学園に一本の報せが届いた。
それは、魔導省からの正式通達。
>「クロス・カイ殿に対し、国王陛下からの召喚が下る。
王都にて、あなたの“存在”そのものについて裁定を下す」
――それは、“国外追放”か、“王国の魔術資源として囲い込まれる”か。
極端な二択を迫られる、危険な召喚だった。
それを知ったルーティアは、真夜中の校舎で小さく拳を握りしめた。
(また、誰かがこの人を“勝手に決めよう”としている)
(でも……私の教師は、あなただけだから)
そして、全てを知らぬまま。
旧図書塔の一角に挟まれた、ある一通の便箋は――
誰にも見つからず、そっと眠り続けていた。




