第12話『襲撃の夜、誇りの令嬢と教師の盾』
その夜、ロゼリア王立魔法学園の空は曇天に覆われていた。
いつもは穏やかな風が、奇妙な唸りをあげている。
ただならぬ気配に、学園の警戒結界がかすかに軋みを上げた。
「……来たか」
風の国エルストラから来た特使、レミオ・エル=ハウゼは、魔導省から与えられた一時居住棟の窓から、冷ややかに空を見上げた。
隣に立つのは、仮面をつけた黒衣の女。
「“標的”は非戦闘系。生徒たちの多くは寮に戻っている今が好機でしょう」
「確実に仕留めろ。“排除”だ。穏便では済まない」
彼らの目的は、カイ・クロスの“知識の封印”。
彼の存在が、隣国の魔導秩序を揺るがしかねないという“政治判断”だった。
◆◇◆
深夜二時。
教師寮の廊下に、足音がひとつも響かない。
けれど、その静けさの中に、気配の違和感があった。
「……ふむ」
カイはベッドに寝転びながら、飴の包み紙を丸めてゴミ箱に放った。
そして、耳をすます。
(足音……ひとつもないんは、おかしい。今の時間なら、夜勤の教師が廊下歩いとるはずや)
小さく息を吐き、枕元からチョークと小型魔導盤を取り出す。
「……嫌な予感は、だいたい当たるんやなぁ」
その数分後。
寮の廊下が、魔力によって完全に封鎖された。
そして、一人の仮面の女が、無音のまま扉を開けて侵入してきた。
――だが、その足がカイの寝床に踏み込んだ瞬間、空間が“反転”した。
「……っ!?」
重力が反転し、天井と床が切り替わる。
彼女はバランスを崩しながらも、すぐに魔法で姿勢を整えた。
「なるほど。数式干渉による結界……」
「それ、“おはようトラップ”や。ようこそ、ワイの寝室へ」
仮面の女が目を凝らすと、カイが机の上に座っているのが見えた。
「……寝ていたのでは?」
「寝たふりして、式の初期値変えといたんや。侵入された瞬間、反応するようにな」
彼女が再び魔力を放とうとした瞬間、窓の外から飛来する魔力の奔流があった。
ドォンッ――!
爆風とともに吹き飛んだ窓。
そこから現れたのは――真紅の魔力を纏った少女。
ルーティア・フォン・ヴァレンシュタイン。
「……間に合った」
彼女はカイの目の前に降り立ち、仮面の女と対峙する。
「お嬢様……なんであんたが……!」
「アンタのことが、放っとけなかっただけよ!」
今の彼女の瞳には、恐れではなく、決意が宿っていた。
「この男は……私の“教師”で、私が認めた“男”よ。勝手に手を出さないで」
仮面の女が静かに手を掲げる。
「ならば――邪魔をするあなたから、排除します」
瞬間、雷と風の合成魔法が放たれた。
ルーティアは剣を抜いた。
でもそれは、貴族令嬢が見せるような優雅な剣ではなかった。
それは――人を守るための、必死な一撃だった。
「そこは、通さない!」
ガァァン!
剣と魔法がぶつかり合い、部屋の床がひび割れる。
「……剣技、未熟。隙だらけ」
「なら、見逃してくれれば?」
「……否。排除完了まで、任務続行」
(……やっぱり、戦闘特化型……このままやと、ルーティアが……!)
カイは舌打ちし、床に落ちたチョークを握る。
「くっそ……ワイ、ほんまは戦うタイプちゃうねんけどな……!」
床に式を描く。
円環が回転し始め、音もなく空気が変わった。
「√r²+nπ を、-θで軸移動や……」
「っ!? この座標式は――!」
女が驚愕するより早く、ルーティアが魔力を集中し、最後の突きを放つ。
「……ここは、“彼の居場所”よ!」
その一撃が、仮面の女の防壁を砕いた。
魔力の流れが破綻し、彼女の姿が虚空にかき消えていく。
「……風の梟、撤退します」
残響だけを残して、彼女は消えた。
静まり返った部屋。
ルーティアは、へたり込むように座り込んだ。
「……なんで、あんなこと……したのよ」
「ワイか? 教師やからな。生徒が危ないときは、前に立つんが仕事やろ」
「……馬鹿」
ぽつりと呟きながら、ルーティアはうつむいた。
けれどその頬は、うっすらと赤く染まっていた。
「っていうか、なんで夜這いなんかされてんのよ!」
「えっ?」
「私が来なかったらどうする気だったの?」
「い、いや・・・」
「まぁ、今日は遅いから、明日尋問ね。」
そう言いながら、ルーティアはあったはずの窓側に向かった。
「あぁ~、そこどうすんねん?」
ルーティアは一度だけ頭をポリポリすると、
「じゃあ。」
と満面の笑みで帰っていった。
「どう説明せぇ言うねん・・・」
◆◇◆
その翌日。
学園では、“カイの暗殺未遂事件”が大きく報じられ、
エルストラとの外交が一気に緊張状態へと突入する。
だが、その裏で。
カイのもとに、とある手紙が届いていた。
それは、“ゲームの本来のヒロイン”であるはずの――
フィリア・エストレアからの、私信だった。




