雪と熱
三題噺もどき―ななひゃくきゅうじゅうよん。
今日は新月の夜だ。
空にあるはずの穴はその姿を消し、星だけが光っている。
街灯の少ないこの辺りは、空気の澄んだ冬の時期はそれなりによく見える。
星見をするには丁度いいかもしれない。まぁ、山頂に比べれば、見づらいかもしれないが。
「……」
しかし、星の美しい夜だとしても今日は外には出られそうにもない。
相変わらずというか……いつになったらあの強風は止むのだろうかと疑問に思ってしまう程に、風が強い日々が続いている。昼間はそうでもないんだろうか。
私の起きている限り、外はほぼ常に強風が吹き荒れているように見える。
「……」
今、外にいるわけではないので、実感しているわけではないのだが。
実感しなくても容易に想像がつくほどに、風の音がよく聞こえる。
台風か何かでも来ているのかと……むしろそうだと言われた方が納得のいくほどに荒れている。それでも、夜空には星が光っているのだから、まるで別世界のようだ。
「……」
テレビの中に映っている町も、こことはまるで別世界のように見える。
風はさほどないようだが、降り積もる雪が、一面を白く染めていた。
地面は固く踏みしめられているのか、少し黒が混じっている。
「……」
その中で傘をさして歩いていたり、犬の散歩をしている人も居たり。
小学生がランドセルを背負って歩いたりしている。
まるでこれが正装だとでも言うように、皆が皆分厚いコートに長靴を履いて歩いている。慣れていない観光客のような人は、足元が明らかに覚束ない。
「……」
町の様子を伝えているキャスターも、マイクを片手にいかにも寒そうにしている。
鼻が真っ赤になっているし、とても話しづらそうに見えた。それでも、人々の声を聞いたり、雪の状況を素手で触って伝えてみたり……かなりつらい仕事だろうに。
「……」
私なら、あんな雪の中で外に出ようなんてことは思ったりしない。
こちらはたまに降るから、はしゃぎようがあるのであって、あんなものが毎日続いていればうんざりするのが目に見えている。
ただでさえ、寒いのはあまり得意ではないのだ。寒くて、いいことなんて私個人的には1つもない。暖かいものが、尚更美味く感じるくらいか。
「……」
犬の散歩をしているご婦人は、慣れた様子で歩いていた。
雪にはしゃぐ犬は、寒くないのだろうかと思ってしまうが、彼らは雪が楽しいのだろう。犬は喜び庭駆けまわる、と言うし。
―我が家の猫は、炬燵に丸くなることはないが。
「……なんですか」
「……何も言ってないだろう」
隣に座って、フーフーと冷ましながらココアを飲んでいた従者―もとい我が家の猫と目が合い、睨み返されてしまった。……相変わらず、おかしな量のマシュマロが浮いている。
そもそも、この家には炬燵という文明の利器はない。
一度、炬燵置かないかと提案したのだが、却下された。我が家の猫―正確には蝙蝠だが―に、そんなものを置いたら、この部屋で寝るのが目に見えてるのでダメです、だと。
「……」
そんなことはないと思うのだけど、炬燵の魔力は相当だと聞くし。まぁ、そんなものがなくても、暖房で今のところなんとかなってはいるからな。
必要性はないと言えばない。ただあれば、暖かいだろうなと言うだけであって。
それに、基本的に仕事は別室でするから、ここに炬燵を置いたところで使うかどうか微妙なラインではあるからな。
「……、」
私も、机の上に置いてあった、コーヒーに手を伸ばす。
淹れたばかりのコーヒーは、柔らかく匂いたち、マグカップは手で触れると少し熱かった。
一応、暖房は入っているのだけど、指先というのはどうしても冷えてしまう。ジワリと痛いほどに熱が広がるのを感じながら、一口。
「……熱くないですか」
「私はそこまで、猫舌じゃないからな」
熱すぎるものはさすがに無理だが、このくらいなら飲める。
しかし、コイツはこんなに猫舌だったかな。割といつもこれくらいで飲んでいるものだと思っていたが。
「……いつもは先に淹れておいたんですよ」
「……どっちを、だ?」
「……」
まぁ、聞かずとも分かるのだが。コイツはこう、たまに子供っぽいと言うか、見栄っ張りというか……可愛いなと思ってしまうあたり、私も相当だな。
いつも、私の前に立って、私を守ってくれていたコイツが、こうして時折見せる顔が、酷く愛おしく思えてしまう。
「……なんですか」
「なんでも……」
耳の先が、少し赤くなっているのは、見なかったことにしよう。
「……お前、更にマシュマロ足すのか?」
「甘さが足りないので」
「……そこまで甘党だったか?」
「甘いものは好きですよ?」
「そういう問題ではなく……」
お題:つらい・犬・正装




