act2 帽子屋
「キリがねえな。」
額から顎にかけて流れる汗を手で拭いながらイツジは呟く。
どれだけ爆散させても亡者は湧いて出てくる。広域を殲滅できる手段に切り替えるべきか考えていると、ふいに人の気配を感じる。
「調子はどう?」
声のする方を向くと、そこにはシルクハットに燕尾服の優男がいた。
「どうって、見ての通りだよ。」
優男は人好きのする笑顔を浮かべ、シワ一つない衣服を品よく着こなし、よく磨かれたストレートチップの革靴をこちらに向け近づいてくる。
ボロボロでドロドロの格好の自分とはえらい違いだ。
「今回はちょっと数が多いからね、僕が出ることになったんだ。」
「いいのか?俺まだやれるぞ?」
「眠り姫を起こそうと上の人間が言い始めたんだ。」
優男の話を聞いて言葉に詰まる。
「僕がやるよ、ただ、いくらか取りこぼしを出してしまうだろうから、その始末をイツジくんや他の皆にお願いしたいんだ。」
笑顔を崩さず目の前まで距離を縮めてくる。なんかいい匂いがする。
「わかった。頼む。」
そう言って、その場を離脱する準備をする。周りの何人かも動きを変える。
優男はシルクハットの端を摘み軽く会釈をする。
「帽子屋の名にかけてね。」
それからしばらくして、雨雲が立ち込め、稲光とともに大粒の雨が降り始めた。
風は強まり、さながら嵐の様子になった頃、視界に映る全てを稲妻が覆い、地面を打ち付けた。
激しい轟音がひとしきり続いた。
イツジは雨に打たれながら、遙か先にいる帽子屋を見ていた。
表情など見えるはずないのに、イツジは帽子屋が笑っているように感じた。
「一緒に行ってくれるか。」
「「了解。」」
隣で待機していた二人の子どもが同時に頷く。
よく似た顔立ち、背格好も近い。
双子だと本人たちは言っていた。
一人は左目に眼帯、もう一人は右目に眼帯。
それぞれ瞳の色が違うことで見分けがつく。
稲妻が収まり、激しい雨の中、3人は駆け出す。
帽子屋は先程別れた場所に立っていた。
その先にあったはずの黒いうねる波は一面の塵となって深々と積もっていた。
「おい、帰るぞ。」
イツジは帽子屋の肩を掴む。
「ん?ああ、イツジくん、すまないが頼むよ。」
イツジは少し屈んで自分の肩に帽子屋を担ぐ。
「少し恥ずかしいかな、双子たち、このことは皆には内緒だよ。」
双子はうんうんと頷く。
帽子屋の攻撃範囲、その威力はイツジのそれとは比べ物にならないほど。
その代償に身体への負荷もひどい。
広範囲攻撃を行った後は立っているのもやっと。
おまけに、身体機能の一部が一定期間機能しなくなる。
帽子屋の場合は視力だった。
「おかげで助かった。しばらくゆっくり休めよ。」
イツジの言葉に笑みを浮かべ、帽子屋はそのまま意識を手放した。
帽子屋が言っていた取りこぼしたちは、あらかた片付けられた。
今は、皆、市街地まで戻り、各々の時間を過ごしている。
「はああ、やっぱ風呂は最高だよな。」
肩まで湯に浸かり、顔を撫でながらイツジは風呂を満喫する。
束の間の幸せだけどなと考えながら、それでも気分は軽くなる。
気になる噂を耳にした。
大したことでないことを祈りながら、頭まで湯に潜り忘れることにした。




