act1 灰色の世界
遠くで雷鳴が聞こえる。
重々しい雲に覆われた空には不穏な静寂が漂う。
「来る。」
その言葉を呟いた時、見渡す限りの地平線から蠢く何かが湧き上がる。真っ黒な一本の線はやがて波のようにざわめきながらこちらに押し寄せてくる。
ふっと、口の端を上げる。
ここから先は、眼前の何もかもを滅ぼし尽くすのみ。
一拍置いて、拳を握り、駆け出していく。
「うらああああああああああっ。」
砂煙を巻き上げながら黒い波への距離を縮める。
相手が身構える前に地面を蹴って跳躍し、着地とともに拳を大地に沈める。
ドオオオオオオオオオオオン
激しい閃光とともに地割れを伴う大爆発が起こる。
炎と煙、暴風に巻き込まれ散り散りになる黒い波だが、燻る仲間の亡骸を四つん這いで乗り越え、這い出してくる。
以前は人だった成れの果て。
始まりは、ごく局地的なものだったと聞いている。
とある南の果て、小国の町。
そこで死者が蘇るという奇跡が起きる。
死者の家族は驚きと喜びに包まれたが、それは長く続かなかった。
ある日の朝、死者の家族は惨殺死体となって発見される。
遺体の欠損部分が多く、獣に襲われ喰われたのではないかと噂された。
蘇ったはずの死者が姿を消し、それを訝しむ者もいたが、結局真相は掴めず。
そうこうしている間に、次の事件が起きた。
近隣の家々が襲われ始めたのだ。
夜のうちに犯行は行われ、これと言った手がかりはなく。
一つ言えることは、どんなに家人が武器を備えバリケードを築こうとも、くぐり抜けていること。
残された人々に出来たこと、それは一刻も早くこの地から逃れること。
3月もたたず、町は打ち捨てられた。
人気のなくなった町の異変に気付くにはそれなりの時間がかかった。
そう、埋めたはずの犠牲者の墓が暴かれ、もぬけの殻になっていたことは。
次々と襲われ壊滅する町々、人々はやっと襲撃者の正体を知る。
亡者に襲われ死んだ者もまた、亡者となる。
そのことが周知される頃には、一国を呑み込む勢いで亡者が暴虐の限りを尽くしていた。
多少の武器による攻撃を受けても倒れない。
一体倒すため、何人もの犠牲を払った。そして、犠牲者は亡者へと姿を変えた。
夜だけ姿を見せていた亡者は、その数を増やすに連れ、隠れることをやめた。
亡者が跋扈する世界、それがスタンダードになりつつあった。
転機が来たのはそれからしばらくしてのこと。
西の国で逃げるすべを持たない人が襲われた際、自ら命を断とうと国に禁止された薬物を口にする。
その瞬間、一つの命と引換えに閃光を伴う大爆発を起こす。
辺りが跡形もなく消し飛び、同様にその場にいた亡者たちも姿を消す。
生き残った人々は考えた。
あの爆発を再現すれば、亡者に対する有効な攻撃手段になると。
どうすれば、やすやすと命を差し出さず、亡者を葬ることができるのか。
剣と弓矢という武器が主流のこの世界で、はじめて爆発という概念が生まれたのだ。
そこからの研究は涙ぐましいものだった。いや、死に物狂いというべきか。
元々が禁止薬物を使用していたので様々な問題が浮上したが、非常事態であるため、なりふり構わなかった。
危険な薬物を投与する人体実験も試みられ、犠牲者を出しながら研究は続けられた。
数多の試行錯誤を重ね、ついに効果的な結果を研究者たちは出した。
開発したある薬物を摂取させると、適応者は自分の体からあの爆発に近いものを引き起こせるという。
摂取することでの死亡リスクがないこと、亡者の脅威に対しての時間があまりないことを理由に、目に入る人に片っ端から薬物を飲ませ、適応者を探し始めた。
戦えそうな者にあらかた飲ませたところ、適応率は約2割。
破壊力が小さすぎる者、力を使うことでの副作用がひどい者は除外し、戦場に送れる者は1割を切った。
何十年もの時間をかけて死ぬまで亡者と交戦することになるこの適応者たちを人々は能力者と言うようになる。
攻防は一進一退。
亡者の侵攻を防ぐことは以前よりは出来ているが、滅ぼす決定打がない、それが現状。
灰色の世界、砂塵を汚れたローブで遮りながら、辺りを見回し、亡者に向かって拳を振るう。
閃光と爆発音、黒煙と炎、不愉快な臭い。
それが能力者と言われる、イツジたちの日常だった。




