── 第二章・過去を越える ──**
ある放課後。
練習の前に、咲良の提案で部員たちは物置棚から古い掛け軸や作品を引っ張り出していた。
部室の奥の和箪笥には、歴代の書道部が残してきた布や作品が何枚も眠っている。
大きな作品は体育館や廊下に展示され、小さなものはこうして部室に積まれているのだ。
楓がふすまを開けて、畳の上に大布を広げた。
「これが去年の文化祭の『希望』かー。
懐かしいなぁ、あの時は太鼓のリズムがずれて散々だった……。」
美琴がすぐに笑い声を上げる。
「楓が手首捻ったやつでしょー! 私が代わりに『望』の一画やったんだよね!」
楓は頬をぷくっと膨らませた。
「あれは私の『望』だったんだからー! 美琴の『望』、丸文字すぎたもん!」
咲良は、そっと大布の隅をなぞりながら目を細めた。
「でも、この『希望』があったから、今年の『桜嵐』があるんだよ。」
詩織はその言葉を聞いて、そっと『希望』の文字を見つめた。
堂々とした線、まっすぐな跳ね、力強い止め。
去年の咲良先輩の線は、やっぱり綺麗で強かった。
「先輩……こんなに大きい字、どうやって書いたんですか……。」
詩織の素直な問いに、咲良は小さく笑った。
「一気に、全部を信じて書くんだよ。
一度立ち止まったら、線が死んじゃうから。」
大地が掛け軸を一本一本並べ替えながら、低い声で呟いた。
「先輩たちの作品って……力がありますね。
俺も、今年は残せるかな……。」
楓がニヤリと笑って背中を小突いた。
「残すんだよ! 大地も詩織ちゃんも、今年は自分の線を残すんだから!」
咲良が手を叩いて、みんなを振り向かせた。
「じゃあ、この『希望』は廊下の正面に戻そう。
あとの作品は順番を整理して、新しい展示スペースを作ろう。」
美琴が広げた古い作品の中には、色あせた『夢』『挑』『躍』――
どれも誰かの青春の証みたいに、墨が褪せても息をしていた。
詩織は『希望』の端を両手でそっと持ちながら、心の中で小さく呟いた。
(来年は、私の『線』がここに並ぶんだ……。)
展示整理・完了
大布をくるくる巻いて筒に収め、掛け軸を順に壁に掛け直す。
掛け終わった時、夕日が部室の障子を赤く染めた。
咲良が、静かにみんなを見渡す。
「私たちは、これを超えるんだよ。
誰のためでもない、自分たちの『嵐』を起こすために。」
誰も言葉を返さなくても、その目だけで十分だった。
墨の匂いと古い線の気配が、胸を熱くさせていた。