── 第二章・先生の言葉と本格始動 ──**
連休明けの昼下がり。
書道室に、いつもよりぴんと張り詰めた空気が流れていた。
正面の黒板の前に立っているのは、顧問の江波先生――小柄で、着物姿が似合う女性だ。
咲良も、美琴も、楓も、詩織も、全員が正座して先生を見つめている。
江波先生はゆっくりと視線を巡らせ、軽く頷いた。
「さて、みんな。
今年の書道部の目標を、ここではっきり伝えておこうか。」
部屋に張られた障子の外で、吹き抜ける風の音だけが響いた。
先生の声は低く、けれどどこか柔らかい。
「一つ目は――文化祭で、校内パフォーマンス最多動員記録を更新すること。」
美琴が小さく目を見開いた。
「え、最多動員って……去年の演劇部よりも?」
江波先生は静かに笑う。
「ええ。今年は君たちならできる。
ただの文字を書くだけじゃなく、人の心を動かす演目を作りなさい。」
そして、少し間を置いてから続けた。
「二つ目は――県大会での最優秀賞奪還。」
楓が息を呑んだのがわかった。
去年、惜しくも準優勝に終わったあの悔しさを、全員が覚えている。
江波先生は最後にもう一つ付け加えた。
「そして三つ目――何より大事なのは、全員が最後まで笑顔で筆を置くこと。」
詩織は、胸の奥が熱くなるのを感じた。
笑顔で、最後まで。
それはきっと、この部にとって何よりも大切な言葉だった。
いよいよ本格始動
目標が告げられたその日の放課後、書道室の畳の上に大布が広げられた。
和太鼓の低い音が響くたび、部員たちの動きに熱がこもる。
咲良が声を張る。
「全員、フォーメーション確認! 位置を覚えるのは今週中!
詩織ちゃん、大筆構えて――いい? 音に合わせて前に出るタイミングを体で覚えるの!」
詩織の頬には薄く汗が滲んでいた。
両手で握る大筆が、まだ重たい。
でも、もう怖くない。
みんなの息遣いが背中を押してくれる。
美琴が笑いながら声をかける。
「ほらほらー、詩織ちゃん遅れてるー! もっと大胆に!」
楓が後ろから太鼓を叩きながら叫ぶ。
「リズムに乗って! 書くんじゃなくて、踊るんだよー!」
江波先生が部室の隅で腕を組みながら、その光景を静かに見守っていた。
咲良は先生の視線に気づくと、小さく頷いて、仲間たちに笑いかける。
「さあ、ここからが本番だよ――
『桜嵐』を、私たちで吹かせよう!」
詩織の瞳が、きらりと光を帯びた。