── 第八章・嵐、最後の一筆 ──**
詩織は呼吸を整える余裕などもうないことを悟り、目の前の白布だけを見つめた。背後、楓と美琴が鍛錬の成果を見せるように扇子を大きく開き、ゆったりと円を描く舞を続ける。舞の曲線が墨の直線とぶつかり合い、その狭間で「桜嵐」のフィナーレが待ち受ける。
「桜嵐――最後の一筆です。」
咲良先輩の低い合図が、袖から響いた。詩織は小さく頷き、両手で大筆を水平に構える。今度こそ、しっかりと、仲間の想いを乗せて。
太鼓が最高潮のリズムを刻み、「ドン!ドン!ドドドン!」と三度目のクライマックスが響く。詩織は膝を高く持ち上げ、体重を一気に前へ投じた。
筆先が布面を切り裂く――
流れるような動きで「桜」の一画目が立ち上がり、次の画で大きく開く。墨の重みをそのままに、肩を回して身を乗り出し、太い線を底から天へ舞わせる。
「ドンッ!」
大地の一打が生死を分けるかのように脈打ち、墨が空気を震わせる。詩織は指先の震えも忘れ、一筆の恐怖と歓喜をそのままに投げかける。
一筆が終わるや否や、翔太が隣で「嵐」の一画目を受け継ぐと、二人の線はひとつの物語となって激しくぶつかり合う。舞う楓と美琴の扇子からは紙吹雪が雪のように舞い落ち、照明が一瞬パステルピンクと純白の光を交錯させた。
最後の一画――「嵐」の中心を貫く縦線を、詩織は誰よりも強く、誰よりも優しく振り下ろす。その瞬間、体育館の空気が溶け、歓声と拍手の波が押し寄せた。




