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桜嵐  作者: 南蛇井
16/22

── 第六章・前夜の風 ──**

文化祭前夜。

 学校はすでに誰もいない時間。

 書道部の部室だけが、小さな灯りを漏らしていた。


 大布はすでに体育館の舞台裏に運び込まれた。

 残るのは、最後の確認と、それぞれの心の整理。


 咲良は部室の畳に座り込んで、左手でそっと筆を動かしていた。


 すぐ隣には詩織が、墨の補充用の小瓶を抱えて座っている。


 「……本当にもう書かないんですか?」


 詩織の問いに、咲良は少しだけ笑った。


 「うん。明日は詩織が全部書く。

 私は……君たちを、ちゃんと見届ける。」


 静かな墨の音だけが響く。


 美琴と楓は、机に突っ伏したまま眠っていた。

 緊張と疲れで、ほんの少しだけ夢の中にいる。


 大地は体育館に戻り、太鼓の最後のチューニングをしている。

 きっと、誰よりも音の細部にこだわっている。


 詩織は小さく呟いた。


 「怖いです……。

 今までで一番大きな文字を書くんですもん……。」


 咲良は詩織の手を、包帯を巻いた右手でそっと握った。


 「大丈夫。

 君の線はもう、私の線を超えてるよ。」


 詩織の瞳が潤んだ。


 「咲良先輩……泣かせないでください……。」


 その時、机で寝ていた美琴が顔を上げてぼんやり笑った。


 「……何泣いてんの〜。

 明日は泣く暇ないからな、詩織ちゃん!」


 楓も目をこすりながら、眠そうに言う。


 「嵐、止める気ないからね。

 全員で吹き荒らして、校舎ごと飛ばすつもりだから。」


 詩織は涙を拭い、大きく息を吸った。


 「はい……絶対、やり切ります……!」


 咲良は眠気に耐えながら、小さく心の中で呟いた。


 (……ここまで来れた。

 私が書けなくても、みんなが書いてくれる。

 だから大丈夫――。)


 窓の外には、静かな夏の星空が広がっていた。


 『桜嵐』の前夜。

 それぞれの胸に、風が吹いていた。

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