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桜嵐  作者: 南蛇井
14/22

── 第四章・初夏の息吹 ──**

地域文化祭の準備に追われる合間を縫って、

 咲良が提案したのは「初夏の課題作品」の制作だった。


 部室の窓を開け放つと、まだ少し青さを残した風が畳の上を撫でていく。


 部員それぞれの目の前には、真新しい半紙と筆、そして小さなすずり。


 咲良が座ったまま、みんなに語りかける。


 「本番の嵐を起こす前に、一度心を静めよう。

 初夏の空気を一文字にして、自分の線を確かめて。」


 美琴は筆を立てたまま首をかしげる。


 「『初夏』か〜……

 私、こういうとき何書けばいいんだろ。

 『青葉』とか?」


 楓が笑って隣で言う。


 「美琴は『陽炎』とか似合うんじゃない?

 フワフワしてるし。」


 「む! フワフワってどういう意味!」


 大地は黙って筆をすずりに浸し、もう迷いなく『涼』の字を書き始めていた。


 しんとした静けさの中で、半紙に墨が染み込む音がやけに心地いい。


 詩織は、自分の前の半紙をじっと見つめた。


 (……何を書こう?

 咲良先輩の代わりをするんじゃなくて、

 私の線で、この季節を――。)


 迷いながらも、ゆっくり筆を運んだ。


 『風薫』


 かすかに揺れるような、その二文字に

 そっと初夏の風を閉じ込めた。


 咲良は右手を庇いながら、左手で小さく文字を書いていた。

 筆先には迷いがなく、柔らかく、でも芯の通った線。


 その字を見た詩織の胸に、また小さな灯がともる。


 全員の作品が並べられると、部室の中は

 まるで静かな季節の詩集のようだった。


 『涼』『陽炎』『薫風』『萌黄』『水鏡』――

 同じ初夏でも、書く人によって全く違う線が生まれる。


 楓が作品を見回して笑った。


 「不思議だね。

 書道って、こんなに一人一人違うんだ。」


 咲良が優しく言った。


 「だから面白いんだよ。

 みんな違うから、一つの舞台で一つの『嵐』になるんだ。」


 詩織は自分の『風薫』をそっと両手で持ち上げた。


 (私の線で……

 咲良先輩とみんなの『桜嵐』を、絶対に完成させる。)


 小さな誓いが、静かに胸の奥で芽吹いた。

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