表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
桜嵐  作者: 南蛇井
12/22

── 第四章・痛みの向こう側 ──**

リハーサルが終わった体育館。

 誰もいないステージの上に、咲良は一人で座り込んでいた。


 照明が落ち、太鼓の音も、部員たちの笑い声も遠ざかった後。

 ひときわ静かな空気の中で、咲良は右手をそっと見つめる。


 掌から手首へ――

 微かに赤く腫れた指の付け根が、ずきりと脈打つ。


 何度も墨を擦り、何度も大筆を振り切った。

 痛みはずっと前からあったけれど、認めたら書けなくなる気がして――

 だから黙っていた。


 そっと握りしめると、鋭い痛みが走る。

 思わず小さく息が漏れた。


 「……っ、……はぁ……」


 「咲良先輩……?」


 不意に、背後から詩織の声がした。


 咲良は慌てて手を隠すが、もう遅かった。

 詩織は息を弾ませ、心配そうに近づいてくる。


 「先輩……手……どうしたんですか?」


 咲良は笑顔を作ろうとしたが、上手くいかない。


 「……大丈夫だよ。少し、酷使しすぎただけ。」


 詩織は咲良の隠した手を、そっと両手で包んだ。

 指先に触れると、熱を帯びているのがわかった。


 「……大丈夫じゃ、ないじゃないですか。」


 詩織の声は震えていた。


 美琴と楓も、遅れて体育館に戻ってきた。


 状況を一目見て、二人の顔色が変わった。


 「ちょっと、咲良! 何これ、どういうこと!」


 美琴が低い声を出すのは珍しかった。


 咲良は小さく息を吸い、苦笑した。


 「ごめん……本当に、大丈夫だから……。

 ほら、まだ動くし――」


 だが、試しに軽く握った瞬間、思わず肩が跳ねるほどの痛みが走った。


 楓が詩織の隣にしゃがみ込み、咲良の手を優しく掴む。


 「……もう、嘘つかないでよ。

 みんなで『嵐』を起こすんだって言ったの、咲良だろ?」


 詩織の瞳には涙が滲んでいた。


 「咲良先輩が一番無理してたんじゃないですか……。

 私に任せるって言ったのに……!」


 咲良は俯き、小さく震える声で答えた。


 「……ごめん……。

 どうしても……最後まで、書きたかった……。

 みんなと一緒に……。」


 誰も咲良を責めなかった。

 責められるわけがなかった。


 だからこそ、詩織は強く誓った。


 「じゃあ、私が書きます。

 咲良先輩の分まで……絶対に、書き切りますから!」


 楓と美琴が詩織の背中に手を置く。


 大地も黙って体育館の隅から近づき、静かに頷いた。


 咲良の目に、滲んだ涙が一粒、頬を伝って落ちた。


 「……ありがとう。

 私の大好きな、最高の書道部だよ……。」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ