── 第三章・嵐を起こす準備 ──**
六月の終わり、梅雨の雨音が部室の障子を打つ中――
書道部は、地域文化祭と校内文化発表に向けて、本格的な準備を始めていた。
部室の中央には、今年のパフォーマンス演目の案が大きな模造紙に書き込まれている。
『桜嵐』――
テーマは「新たな季節を呼ぶ嵐」。
咲良が黒板の前に立ち、真剣な表情でメンバーを見渡した。
「地域文化祭は外の広場。風も人も多い。
校内発表は体育館。音響も違う。
だから演目を微調整して、両方に合わせる必要があるの。」
美琴がすかさず手を挙げる。
「広場だと太鼓の音が流れやすいから、隊形をコンパクトにしたほうがいいかも!
舞台演出より迫力の線を強調しよう!」
楓が演目案を指でなぞりながら頷く。
「なら、前半の『風』は音で惹きつけて、後半の『嵐』で一気に書き切る。
それで勝負しよう!」
咲良はふっと微笑み、詩織に視線を向けた。
「詩織ちゃんの役割は大事だよ。
『嵐』の一文字を一番奥で書いてもらう。
みんなの動きが詩織ちゃんの線を引き立てるから。」
詩織は驚いて目を見開いた。
「わ、私が……? だ、大丈夫でしょうか……」
美琴がすぐに肩をポンと叩いた。
「大丈夫! 今の詩織ちゃんならできる!
それに、失敗しても私たちが全部盛り上げるから!」
大地が太鼓を指で叩きながら、低くも力強く言った。
「校内の発表は、音響も照明も完璧に合わせてインパクト勝負です。
詩織先輩の線が映えるように、太鼓は俺に任せてください。」
準備は着々と進む。
衣装の確認、道具の修繕、墨の量や布の長さの再計算……
放課後の書道室には、笑い声と真剣な筆音が交互に響いた。
休憩時間、美琴がドーナツを頬張りながらつぶやく。
「地域の人たち、びっくりしてくれるかな〜。
去年より絶対すごいの見せたいな。」
楓が笑う。
「びっくりさせるんじゃなくて、感動させよう!
嵐みたいに、心を吹き飛ばすのが目標だろ?」
咲良は、少し離れた場所で墨をすりながら、静かに心の中で言葉を繰り返していた。
(……今年こそ、笑顔で終わるんだ。
みんなの線を繋いで、最高の『嵐』を――。)
嵐の準備、始まる
窓の外の雨が止んだ頃、練習室の中は静かになっていた。
それでも誰も立ち上がろうとしない。
まだ、やれることが山ほどあるからだ。
詩織が大布の上にそっと手を置いた。
「咲良先輩……私、この『嵐』を絶対に書き切ります。」
咲良は優しく頷いた。
「うん。一緒に起こそう、桜嵐を。」