第三話 社交は前途多難だわ②
「ねえ妃殿下。ヴァリナ夫人とヨゼフは、どうですかしら?妃殿下のお役に立っておれば良いのですが」
「…………」
「妃殿下のお気持ちはお察し致します。けれどいつかは直接、お言葉を賜りたいですわ。
同じく陛下にお仕えする者同士、是非仲良く致しましょう」
それでも王妃は、涼やかな瞳で景色を眺め、薄く微笑む。
まるで他愛ない夢を見ているかのような無垢な表情で、人間というよりも妖精か蜃気楼のようであった。
だが──その目だけは、誰一人映していないようで、全員の動きを見切っているような気配がある。
そして、真珠のティースプーンを一度置き、柔らかに唇を開いた。
「フィオラ様は、まるでこの国の陽光のようなお方ですね。
わたくしのような者は、些か目が慣れず……時に戸惑ってしまうほどですわ」
「……なるほど……」
そしてヨゼフは、一瞬フィオラを見て逡巡の表情を浮かべる。しかし、意を決した様子で口を開いた。
「王妃陛下は、『貴女のような育ちの女が日の下にいることは恥ずべきことですね』と仰っています」
一瞬、辺りに沈黙が落ちる。そして、どよめきとざわめきが一気に広がった。
「――……、……っ!!」
王の反応は驚愕、そして激昂であった。誰よりも早く反応し、掌を机に叩きつける。
「な……何だと!?貴様、それが王妃の言葉か!」
彼は立ち上がり、王妃に掴みかからんばかりに詰め寄った。
その目にも、声にも、ありありと憤激が浮かんでいる。
「この場でフィオラを侮辱するとは、何を考えている!?」
「……ああ、陛下。どうか……お怒りをお鎮めになって下さいませ」
フィオラが、そこで立ち上がる。涙を滲ませながらも、王の腕に触れて怒りを制する。
「妃殿下が、私のようなものについてそう仰るのは……無理のないことですわ。
正式なお立場を持たぬ身が、このような場ででしゃばるのは身に過ぎたことでした。
妃殿下の御心を傷つけてしまい、心から恥じております」
声を震わせつつ、情に訴える言葉で周囲を揺さぶる。フィオラは王に更に語りかけた。
「ですから、私は気にしておりませんから……
ただ、妃殿下の誠実さと純粋さが、少しだけ……きつく表に出てしまっただけなのでしょう」
その気丈な振る舞いに、侮辱されたにも関わらず相手を庇う姿に、周囲からは感嘆の視線が向けられる。
「シェルベット伯爵夫人、なんと寛容なお方だ……」
「それに対して王妃陛下は。何と冷徹な……」
誰からともなく、そんな囁きが漏れる。
確かに王妃の立場と生い立ち、そして十五という年を思えば無理からぬことかもしれない。
だが、本音は律するものだ。
内心がどうあれ、口に出さないのは当然だろう。
政略結婚で他国に出された姫とはとても思えない。
それもこれも、教育の時間が足りていないから――必然、王妃を侮る空気が蔓延する。
「やはり、王妃陛下のお育ちがお育ちだから……」
「しっ、滅多なことを言うな……」
そんな空気の中で、王は怒りを吐き出すように息をつき、勢いよく着席した。
そして王妃に、殺気立った視線を突き立てる。
「王妃にはどうやら、頭を冷やす時間が必要なようだ。
そのように他者を面罵するような者を、王家の一員として公の場に出すわけにはいかぬ」
通訳がそれを伝え、王妃は一つ頷いて立ち上がる。
そして完璧な帝国式の礼を披露し、しずしずと去っていった。
後にはフィオラへの感嘆と、安堵の空気が残った。