陰湿に、婉曲に……魔法は陰に秘めてこそ、だもの♪
王妃派、寵姫派。
それぞれ帝国風、ジディスレン風のドレスを着て踊り出したわ☆
さあ、踊れ踊れ~!
(by亡霊姫★)
夏薔薇が咲いている。
所狭しと誇示するように、慎みの欠片もない姿だ。
それは皇宮の薔薇とはまるで違っていた。
むっとした熱気に、吐き気がするような芳香が乗っている。心底忌々しい。
「……知人はここ最近、その自慢話ばかりでして。
聞く内に段々と羨ましくなってしまいましたの。
是非私も、王妃陛下のお慈悲に預かってみたいものです」
どうやら、王妃が盛んにしている贈与品のことのようだ。
その相手は、中立の貴婦人だった。
身なりは一見帝国風だが、そこかしこにジディスレン的な生地や、軽量化の工夫が見られる。
はっと、小さく息を呑んだ気配がする。
ヴァルネート侯爵夫人が、そっとこちらに目配せしてきた。
「王妃陛下、こちらは……」小声で合図を受けて王妃は静かに目を細める。
『暑いもん、暑いんだもん、仕方ないもん~!
敵に回すのは上手くないわよ、どうする!?』
王妃からすれば、それは手抜きだった。
視界の隅でうろうろしているだけならまだしも、最初の会話で、まして下賜を願う立場で着るべきものではない。
彼女は微笑んだまま、王妃に対して探るような、試すような視線を送っている。
その様子に王妃は「まあ、嬉しいわ」と微笑んだ。
それ以上動こうとはせず、代わりに「ねえ、アーゼリット侯爵夫人」と声を掛けた。
「貴女に先日差し上げた扇、今もお持ちでしょう?
こちらの方にお渡しして差し上げて。
貴女には後日、もっと素晴らしいものを差し上げますから」
「王妃陛下……はい、畏まりました」
侯爵夫人は一瞬瞠目するが、すぐに心得顔で微笑んだ。
優雅な仕草で扇を閉じ、貴婦人に「どうぞ」と差し出す。
「……まあ、ありがとうございます。光栄ですこと」
貴婦人は微笑んで受け取るが、その声は静かだった。それも無理はない。
王妃が直接下賜するに値しないと、派閥に入るとしてもアーゼリット侯爵夫人の下だと、はっきりとそう示された形だった。
一日足らずで、噂として王宮中に広まることだろう。
「ところで……ヴェルカ公爵家は、現在どのようになっておりますか?」
王妃派の序列を明示した王妃は、何事もなかったようにそう問いかける。
視線の先にいるのはヴァルネート侯爵家の夫人だった。
あれからヴェルカ公爵家の跡目争いも、水面下でじわじわと加熱していっているが、決着には至っていない。
「代々仕える家臣たちはやはり、多くがハルバード様側ですね。
ただ公爵ご自身が夫人に肩入れしているものですから、夫人側についたり様子見に回っている者も多いようで」
王妃はゆったりと微笑んだ。
「ですが……前に仰って下さったように、解決策があるのでしょう?
そちらはどうなっておいでですか?」
ヴァルネート侯爵夫人は王妃派の中でも特に、貴族社会の事情に通じている。
「この問題のすべてを解決できる方が、公爵家にはいらっしゃるのですよ」――確かに、先日彼女はそう言った。
「ええ、勿論です。お身体の事情で、この数年王都を離れておいででしたが……
先日その方にお手紙を差し上げたところ、早速王都にお戻りになるとのお返事を頂きました」
「あら、そうでしたの……ですが、この頃は物騒な話も多いですからね。
道中、何事もなければ良いのですが……」
王妃はゆっくりとそう言い、
「……そうだわ。皇帝陛下から、また贈り物をするという知らせがありました。
それとご一緒にいらしたらどうかしら?」
まあ、素晴らしいですわ、と口々に追従の声がかけられた。
「帝国からの輸送となれば、警備も万全ですものね。
王妃陛下はなんと慈悲深くていらっしゃるのでしょう」
要はその人物が王手をかける前に、現当主である公爵から確言を引き出したなら、公爵夫人の勝ちというわけだ。
家長の言葉は重く、容易に覆すことはできない。
公爵家やハルバードの勢力は動揺し、更に分裂し、停滞することになるだろう。
その結果如何によって、王宮全体の勢力図も変わってくる。
ジディスレンの王宮では、帝国のドレスや礼装をまとった者が増え始めている。
夏の最中でそれはかなりの試練だが、王妃の派閥に与してのし上がるためには、そんなことで足踏みしていられないのだ。
帝国出身の貴婦人や、行儀見習い経験のある者はその頃の衣装を引っ張り出し、そうでなくても寵姫の専横を苦々しく思っていた貴族は、帝国風の衣装を仕立てさせる。
そして、王妃に近しい貴婦人たちに接近してくる。
フィオラによって縮小を余儀なくされた帝国派は王妃派として息を吹き返し、着実に勢力を伸ばしていた。
場合によっては夫婦で装いを別々にし、中立を表明することもあった。
中立派はそういう位置にいる者が多いが、どちらかに鞍替えする者も出始めている。
何か切っ掛けでもあれば、途端に天秤は揺れることだろう。
王妃はその全てを観察していた。
扇の奥で、唇に微笑を浮かべながら。そして、
「……ねえ、ヴァルネート侯爵夫人。
後日改めて、お茶でもしながらお話がしたいわ。王妃宮にいらして下さる……?」




