第三話 社交は前途多難だわ①
それからもジディスレンでは日夜宴が催され、貴族たちが皇女への挨拶に押し寄せた。
それが形式だけであれ、皇女の輿入れを迎えた国の義務であった。
現在、ジディスレン王宮の庭園は春爛漫の佳景を誇っている。
花の香が満ちる空間に、金銀の器が静かに並んでいた。
それはジディスレン王宮の伝統。新たな女主人を迎えた際の儀礼。
本来であれば、王妃を中心として開催されるはずだった園遊会の席だった。
だが蓋を開けてみれば、装飾も料理も献上品もすべて寵姫の好みに統一されており、参列する貴族の顔ぶれも、寵姫派が多数を占めるという有様である。
座席の配置も王妃はあからさまに端の席であり、逆に寵姫は玉座にこそ座らぬものの、王の隣、黄金の屏風の前という最上の席を与えられていた。
「…………」
王妃は、灰紫色の帝国式ドレスに身を包み、柔らかくも隙のない姿勢で席に着いた。
そして周囲の貴族たちは絢爛な衣装で着飾り、王妃の姿を興味と侮蔑を織り交ぜた視線で見下ろしていた。
「あのドレス……まるで死装束みたいじゃない?」
「ひょっとして寒い国の女は、感情も凍ってるのかしら」
「まあまあ、陛下に恥をかかせないだけで十分ですわ。帝国から人質が来たという名目だけあれば──」
本来であれば、王妃を相手に言える内容ではない。
しかし王妃がジディスレン語を分かっていないこと、そして通訳や教育係に良いように抑え込まれていることは、既に伝わっており、王妃を「わかっていない、無力な人形」という認識が広まっていた。
まして、それを咎めるべき人間が誰より王妃を疎んでいるのだから。
王妃の姿に王は、露骨に不機嫌そうに顔を顰める。
「まだそのような形をしていたのか。この蒸し暑い時分に、見ているだけで暑苦しい……この国のドレスを着たらどうだ」
王の言葉を受けて、貴族たちが口々に同調を始める。
「陛下の仰る通りですわ」と言い放ったのはヴェルカ公爵夫人だ。
簡素ながらも美しく上品に着飾った彼女は、柳眉を僅かに歪めて優雅に嘲笑した。
「この国の夏を、あのような姿で過ごせるはずがありません。
風土に合わせず、あまつさえ陛下を不快にさせるその姿……何と見苦しいことでしょう」
「ええ、どうせすぐに汗だくになって音を上げるでしょうね。何ならいつまでもつか、賭けでも致しましょうか」
即座にグラフィナ伯爵夫人が追従する。
宝石で飾り立てた、隣の人間が今にも押し潰されそうに見えるほど肥満した女性だ。
彼女たちの間で飛び交う言葉はジディスレン語だ。
王妃にはどうせ、何を言っているかも分かっていないだろうと、貴族たちは口々に揶揄する。
案の定王妃は緩やかに微笑んだまま身動ぎもしないので、自然に空気は加熱していく。
「……そのような話はお止めなさい。異国に嫁がされ、それ以外に縋るものとてないお気の毒な方なのですから。
陛下も、どうかあまり意地悪を仰らずに……」
それを制止したのはフィオラだった。
王を宥めたフィオラは王妃に、さも優しげに笑いかけ、帝国語で話しかける。