魔法が去った夜の底で
あらあら、王の寵姫の取り巻きが騒いでいるわ☆
王妃派?寵姫派?入り乱れて大騒ぎ!
おもしろくなってきたわねえ♪
(by亡霊姫☆)
王妃がいなくなったことで、会場の空気が緩み、温度が上がったように感じた。
ある者は息を吐いて、どれだけ緊張していたのか思い知らされる。
王妃の存在感は、退場して尚辺りに震えるような余韻を残した。
「フィオラ様、先程はお見事でした。陛下を思う気高さ、感じ入りました」
「やはりあの方がいらっしゃると、どうも息が詰まりますね。
フィオラ様が全て取り仕切っていらした頃が懐かしゅうございます」
取り巻きたちは口々に褒め称える。
本当の称賛もあればおべんちゃらもある。
それらを彼女は微笑んで聞いていた。
王妃か、寵姫か。
貴族の二極化は、盤面が進むほどに加速していった。
こういう状況にもつれ込めば、どちらかに大した恩義や忠誠がなくても、「敵の家が向こう側に与したから」という理由で派閥に入る貴族も出てくる。
渦中の王妃と寵姫の立ち回りは、毎日のように貴族の話題に上がっていた。
「お聞きになりましたか。
王妃は、またアーゼリット侯爵やカルヴァン伯爵を通して、各地に寄付をしたとのことです」
「またですか。
財源は……間違いなく、晩春のあれでしょうね。
あそこには相当な現金も含まれていたようですし」
夏の盛りでも一切乱れない、完璧な王妃の姿は、今やどこへ行っても注目の的だ。
「汗をかかないなど、まるで死人のようで気味が悪い」と囁く者もあったが、それもどこか弱々しかった。
「あの方も中々馬脚を現しませんな。
皇女などと名ばかりの、俄仕込みの小娘かと思いきや……いやはやどうして、血は争えぬというべきか」
一人が嘆息しつつ称揚する。
どんな挑発や揶揄を向けても、変わらぬ微笑でのらりくらりと躱される。
あの胆力は恐らく持って生まれたものだ。
修練でどうにかなるものではあるまい。
政治的に対立する立場といえど、多少の感嘆を禁じえない。
社交の場を泳ぐに際して最も重要な資質は、何をされても言われても動じず、泰然としていることだ。
最悪本人の口が回らなくとも、周りの者が場を取り仕切り、必要なら擁護を入れれば良い。
だが主が怯え、狼狽えていては、周りがどう擁護しても無駄なのだ。
王妃はその点、十五の少女とは思われないほどに見事であった。
フィオラもまた、ある情報筋から正確な情報を得ていた。それを鑑みても、王妃は決して愚かではない。
時々忘れそうになるが、あの王妃は僅か四つの歳から八年もの間投獄され、その間碌な教育も受けていないのだ。
あのような人間こそが、怪物と呼ぶに相応しいのだろうか。
「あらああ、あのような方、フィオラ様の足元にも及びませんわよ。ねえ?」
グラフィナ伯爵夫人は、豊満な頬を緩めた。
「所詮虚勢を張っているだけ、張りぼてですわ。
寝所に大きな虫の一つでも忍ばせてやれば、泣き出すのではありませんか?」
「……止めて下さいな、夫人」
どうしてそう、安易な行動に出ようとするのか。
内心嘆息しながら、フィオラは丁重に却下した。
そこにヴェルカ公爵夫人が話しかけてくる。
「お疲れ様でした、フィオラ様」
「家のことで手一杯で、中々お力になれないのが歯がゆい限りですわ。
ハルバード様がこの頃何か、企てておられるようですし」
ハルバードは、先妻との間に生まれた公爵家の長男だった。
現在の公爵家は彼か、彼女の息子の次男かで分裂している。
古参の家臣には、高貴な出自の母を持つ長男を支持する者の方が寧ろ多い。
「――気を緩めれば、全て持っていかれるわね。これは」
正直王妃がここまで露骨な態度に出てくるとは、想定外だった。
これはどちらかが滅ぶことでしか終わらないと、先程のことで確信した。
政変で失墜し、落魄した女王。
幼少期を監獄の中で過ごした娘。
皇帝の操り人形。
だから、所詮大したことはできまいと、フィオラだけではない。きっと誰もが思っていた。
「大丈夫……大丈夫ですわ、きっと」
言い聞かせるように、公爵夫人は呟く。
「我々には、『彼』がおりますもの。
万一の場合も、きっと起死回生の切り札となってくれるでしょう」




