これぞストーカーの醍醐味!!!
貴婦人たちが帰ってから、入れ替わりのようにやって来たのはヴァリナ夫人だった。
彼女を王妃は微笑んで迎えた。
「ご機嫌よう、ヴァリナ夫人」
「ご機嫌麗しゅうございます。
本日は特に暑く、お、王妃陛下におかれましてはさぞご負担のことと案じております。
つきましては……」
気候の話を枕に、ジディスレンのドレスを勧めようとした彼女の言葉を、王妃の言葉が両断した。
「わたくし心配しておりますのよ。
夫人にはずっと、そういつまでも、わたくしのそばで、健康でいらして頂きたいと、日々願っているのですもの」
「……恐れ、入ります……」
返答は滑らかに出てこなかった。
ヴァリナ夫人にとって、この状況は甚だ不本意なものであった。
彼女には最初から、王妃への侮りがあった。
前情報だけを考えれば、それは無理のないことだった。
相手は突如異国に放り込まれた、十五歳の小娘だ。
それも遥か北の王国から逃げてきた、落ちぶれた女王だ。
名ばかりの王妃、人質という状況で、環境に適応するだけでも並の苦労ではないことだろう。
多少強く出てやれば、途端に萎縮して言いなりになるはず。
最初に格付けを済ませておけば、手綱を取るのも難しくない。
フィオラにはそう言われたし、彼女自身もそう思っていたのだ。それなのに。
王妃の姿を窺い見る。
大量の絹を重ね、寄せ、流したドレス。
初対面の日から今日まで何一つ変わらぬ、極めて華麗であり重厚な装いだ。
日に日に暑さは増すばかりだと言うのに、汗一つ浮かべているのを見たことがない。
「時に、ねえ……」
王妃の声がやや調子を変え、一層密やかに、柔らかくなる。
びくりと体が震えそうになった。
「昨夜お帰りになってから、ルーニャ産の白ワインを三杯召し上がったのですって?
あの銘柄は特に甘くて喉越しが良いそうですね。
暑い日が続きますから、お酒が恋しくなるのは仕方ありませんが、少々心配ですわ。
お体に障りはしないかと……
床に入っても中々寝付けずに、寝返りを五度も打ったのでしょう?お気の毒に」
「……もったいないお言葉です」
冷や汗が背中を伝う。
上辺だけは優雅に、思いやり深く、それでいて真綿で首を絞めるような――王妃の近くにいると、そんな言葉が度々飛んでくる。
いつしか、王妃の傍にはいたくないと思うようになっていった。
だから、王妃の侍女たちが持ち込んでくる用事を、いつしか待ち受ける自分が生まれていた。
王妃といると本来の務めも忘れて、離れたくて堪らなくなるのだ。
王妃はずっと、笑顔でこちらを見ている。
言うはずだった言葉も出てこない。
沈黙が流れる。
彼女はとうとう、音を上げた。
「……恐れながら、本日はもう失礼してもいいでしょうか?
贈答品の整理を、ファビエンヌ様に頼まれておりますので……」
「あら、そうだったの?では、お願いします。
……ああ、言い忘れていました。七日後は来なくて結構よ」
「……ど、どうしてでございましょうか?」
「だって……その日はご夫君の命日でしょう?どうぞ、弔って差し上げて」
ひゅっと喉が鳴った。それは彼女にとって、触れられたくない場所だったのだ。
彼女の実家は、いわゆる成金貴族だった。
家格は低いが金はある実家と、家格は高いが金のない婚家による政略として、結婚が決められたのだ。
「ええ、分かっていますわ。
ご夫君との関係はよろしくなかったのよね?
ですが死後だからこそ、通じ合えるものもありましょう?
わたくし、そういうことには一家言ありますのよ」
夫は彼女を嫌悪した。
求めていたのは持参金と経済援助だけだった。
見下され、蔑まれ――そこから助けてくれたのが、フィオラだった。
だから、彼女に従うのだ。
「さすがに、一度のお墓参りもしないのはあんまりではありませんか?
騙されたと思って、一度お試しになっては如何?
そうね……お好きだったという百合でも供えて差し上げたら、喜ぶのではないかしら?」
「…………」
最早彼女の口からは、辞去の挨拶すら出てこなかった。




