第二話 教育係と通訳と、嫁ぎ先の手痛い歓迎②
「…………」
通訳のヨゼフは、それを壁際から見ていた。
そこには歴然と、侮蔑と揶揄が浮かんでいる。
彼はヴァリナ夫人の親戚でもあり、以前から親交のある仲だった。
彼らはフィオラから、王妃を制圧すべしという使命を与えられていた。
「妃殿下。……このくらいの会話もお分かりにならないのですか?
なんてこと……話には聞きましたが、本当にお人形ではありませんか」
「仕方がないでしょう、叔母上。……ある意味御しやすくて結構ではありませんか」
彼らは王妃を前に、ジディスレン語でそう会話する。
王妃はともかく侍女たちはジディスレン語を解する者がいるだろうから、声は抑えている。
王妃に堂々と不躾な目を向けるこの二人は、寵姫フィオラの意を受けて送り込まれた人間だった。
現在のジディスレン王宮は、王の寵愛を一身に受ける寵姫フィオラに支配されている。
シェルベット伯爵夫人とも呼ばれる彼女は、強硬な反帝国派として知られ、王を通して政治にその意向を反映させることが多々あった。
彼女は帝国の息がかかった貴族たちを排し、思いのままに動かせる箱庭を作り上げていった。
その住人である二人は、口々に王妃に帝国語で語り聞かせる。
「よろしいですか?妃殿下は帝国から、ジディスレンとの友好を維持するため輿入れなさったのです。
そのため、この王宮で両国の橋渡しを務める義務がございます」
「その通りです。貴方様はあらゆる言葉、行動に留意しなければならないのですよ。
それをお助けするため我々が参ったのです」
それとともに、属国さながらの臣従を求める帝国との緊張は年々高まっていった。
逆らえば輸出入の制限など制裁措置が取られ、このまま放置しておけば、早晩適当な口実で侵攻してきかねなかった。
そこに皇族の姫との縁談とくれば、裏にこめられた意図は明らかだ。
開戦か婚姻か。この縁談はつまり、そういう最終通告であったのだ。
宮廷の意向も真っ二つに割れたが、現実的に、今のジディスレンと帝国には厳然たる国力の差があった。
帝国としても、この時期に迂闊に戦争はしたくなかろうが、ジディスレンにとっては政略以前に死活問題である。
いざ開戦となればどちらが勝つかは明白なのだ。受け入れる以外の選択肢はなく、そしてある程度の旨味もあった。
皇族を王妃として迎えれば、帝国と言えども易易と手出しはできない。
「失礼ながら、今の妃殿下は到底、その重責に耐えうる方とは見受けられません。
何をするにもまず我々に相談し、助言に従って下さいますよう。
それが両国関係の、ひいては妃殿下ご自身のためなのですよ」
「…………」
つまりここでの王妃の存在意義とは、帝国に対する人質なのであった。
帝国が王妃の血を引く世継ぎを期待する間……少なくとも数年間は時間稼ぎができる。
その猶予を勝ち取るための結婚であり、王妃はそのために受け渡された駒であった。
そのような存在に、フィオラが脅かされることなど許さない。
囲い、抑えつけ、息もさせずに飼い殺す。それが人質たる王妃に彼らが強要する運命であった。