どこの国でも、夜になれば静かよね②
「それでは、ごゆるりとお休みくださいませ」
筆頭の侍女ファビエンヌの一礼とともに音もなく扉が閉められ、後には部屋の新しい主人が一人残された。
クリスベルタはそれを見届け、くるりと向き直る。
枕を裏返し、掛布を剥がして異常が無いか隅々まで目を走らせて検める。
終いには部屋中の物陰を覗き込み、不審物が無いか丹念に確かめた。
そこまでして初めて、彼女は寝台に身を預げた。
変わった花の香りと、見慣れない敷布や天井の模様に吐きそうになった。
幾夜過ごしても慣れそうもない。
こんなところに長居はしたくない。
大陸の太陽たる、至尊の皇帝陛下――その御膝元と比べてはならないことくらい分かっているが。
国境を越えて以降、見るもの聞くもの一々気に障る。
どうしようもなく腐り果てた、けだものの腐臭がそこかしこから臭ってくるせいだ。
「王妃陛下、ねえ……」
王妃の言葉を理解していると示されてから、「妃殿下」と呼びかけられることはぱたりと無くなった。
所詮始めの頃に数度使っただけ、引っ込めれば誤魔化せるとでも思っているのだろうか。滑稽な限りである。
今頃月は、高々と空を統べているのだろう。
この部屋にもすっかり夜の気配が満ちていた。
どこへ行っても、月の光と夜の匂いだけは同じだと、クリスベルタはそう信じている。
けれど、王がこの部屋を訪れることは絶対にない。
二度と床を共にすることはない。
それは分かりきったことだ。
新床で吐き捨てられた拒絶の言葉を思い出し、思わず嘲笑が滲み出る。
「ふふ。あは、それこそ望むところ……
ああ、心得違いも甚だしい……
猿山の棟梁風情が何を思い上がったことを……
ええ、良いでしょう。さぁて、これから私は――」
続く言葉は、唇だけで紡がれた。
ここはまるで未開の森林だ。
およそ人間と呼べる者などいはしない。
混迷に堕した家畜、けだものの如き賤民の中にあって立ち回り、正しき秩序を齎さねばならない。
それこそ皇帝陛下から拝命した神聖なる責務であり、イーハリスの王としての贖罪なのだ。
この王宮で自身を出迎えた顔を、出会った貴族たちを思い出す。
ここまでに浴びせられた不躾な視線、悪意の面。
その全てを反芻し、順位付けしていく。
亡霊姫、お前の出番はまだまだ先。
嗚呼お母様、そんなにお嘆きにならないで。
所詮は畜生ども。高貴な者の恵みを借り受けなくては生きられぬものたち。
時が来れば、一切合切、全て取り立てて見せましょうとも――




