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ライエラ家にまつわること②

「あの女は元々、シェルベット伯爵夫人の侍女だったのですわ。

本来公爵との結婚など望むべくもない身分ですのに、無理矢理ねじ込まれましたの。

そしてまあ、あのような感じに……」


「あらあら……」


「公爵はすっかり骨抜きにされて、今では夫人の言いなりです。

前の奥様との間にご長男もおありだというのに、顧みもせずに次男を猫可愛がりして……あれでは家内分裂も時間の問題ですわ。

前公爵夫人も、冥土でさぞお嘆きでしょう」


 一人の貴婦人が嘆息混じりに零す。

何かを諭すような、促すような声音に、王妃は微笑んだ。


「……それはお可哀想なこと……アプネルの慈悲が、少しでも多く注がれるよう願う他ありませんね。

わたくしも微力ながら、夫人の安らぎのため尽力しましょう」


「お優しいお言葉、感じ入りましたわ」


「王妃陛下にそう仰って頂けたなら、前公爵夫人も救われることでしょう」


 口々に賛美が飛んでくる。

王妃はそれらをにこやかに聞き、一段落してから切り込んだ。


「それにしても……皆様、お辛そうですね?最近日増しに気温は高くなっておりますものね」


 王妃は顔の前に差した扇から、青みを帯びた金の目を注ぐ。


「……危うい立場のわたくしに合わせて帝国のドレスを纏って下さるお心の深さ、大変嬉しゅうございます。

ですが……それで体調を崩してしまっては、元も子もありません。

ご無理は、なさらなくてよろしいのよ?」


『もうクリスったらあ、それって強制同然じゃない~?みんながみんな魔法使えるわけじゃないんだから~』


 そう言われた側は、固唾を呑んで王妃を見つめた。

登場時から汗一つ、乱れひとつない完成された芸術のような姿を。

それを見てしまっては、答えは一つしかない。


「いいえ。私は王妃陛下に倣います。

それが忠義であり、この国にいらして下さった陛下への敬意と思っておりますから」


「私も同じ思いです。

装いとは、己が何者であるかを表すものなのです。

無理など、あるはずもございません」


 暑くて辛い?ジディスレンの景色に合わない?そんなものは関係ない。

他ならぬ王妃が一切の妥協をしないのだ。

どうして付き従う者が、手抜きなどできるだろう。


 暑気の中で、誰よりも重厚に壮麗に着飾る王妃は


「そう。嬉しいわ」


と微笑み、そして侯爵夫人に向き直った。

ぱちりという音とともに扇を閉じる。


「……この扇ですが、貴女に差し上げようと思って持参しましたの。

ここでお受け取り頂けます?」


「……身に余る栄誉でございます、王妃陛下」


 侯爵夫人は静かに息を整える。

じわりと額に滲むのは暑さではなく、畏怖と緊張だった。

扇を押し頂いて受け取り、王妃が微笑んだ時、場に一石が投じられた。


「…………実は、皆に知らせたいことがある」


 そう、声を投げかけたのは王だった。

途端に場は静まり返る。

腐っても君主と言うべきか――などと、冷めた感情が伝わったのだろうか。

一瞬、こちらを険しい目で見て、そして隣を指し示した。


 王妃は見たことがなかったが、周囲の反応からして有名人のようだ。

ランドルフ、そんな名前が聞こえてきた。


「知っての通り、ランドルフは我が国の英雄だ。

ここのところ、国境紛争で王都を離れていたが……この度戻って来たのだ。

私もやっと一息つく思いがする。

彼が戻った以上、王都は盤石であろう……そうだな、ライエラ侯爵」


「ええ。私としても心強い限りです」


 水を向けられた壮年の貴族は、表情を変えずに答える。

その顔を見て、先程の光景を思い出す。

妻の不品行を知っているのか知らないのか、そこからは読み取れなかった。


 王は上機嫌な……どこか空元気じみた様子で話し続ける。

ランドルフは穏やかにそれに相槌を打っており、一見忠実な騎士にしか見えない。


 けれど最後の最後で、王の隣りにいた寵姫と、一瞬だけ視線が絡み合う。

それはすぐに外れた。


「…………」


 王妃は扇の影で微笑む。

どうやら、わざわざ振りまくまでもなく火種は存在するようだった。


 そしてランドルフの登場に、ひとり拳を握り唇を噛み顔を伏せた夫人がいたことも、王妃は把握していたのである。


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