魔女は神話がきらいなの③
「…………」
老公爵は静かに笑い、机の端を指先で撫でつけた。
「大変、帝国がお嫌いのようですな。
外交で起きた諸々は聞き及んでおりますが、実際に訪れて実感したのは神殿への抑圧です」
「……神殿、ですか。
確かに嫁いでから、神殿関係者の方とお会いする機会はありませんでしたね……」
「ええ、それも無理からぬことでしょうね。
お耳汚しかもしれませんが、詳細をお聞かせしましょうか」
「是非」
「……そうですね、ここからですと……東側の窓の外に、白い尖塔が見えますね?あれは元々、神殿の施設だったのです」
この王宮にも、神殿の関連施設はあった。
だが王妃が輿入れした時にはもう引き払われており、通りがかった時も人の気配はなく、明らかに寂れた様子だった。
それを見ながら、公爵は王妃に神殿排斥の経緯を語って聞かせた。
確かに、神殿はその成り立ちから帝国と不可分の存在である。
しかも歴史があり、人々の素朴な信仰に訴える広い影響力を持っている。
反帝国の政策を掲げるフィオラとしては邪魔であろう。
だが宗教というのは、たとえ最初は外来であっても、一度根を張れば易易と駆逐はできないものだ。
それでも、フィオラは強硬的な手段で断行した。
元々神殿上層部には帝国の貴族子息が多い。
そして、様々な者がいる。
癒着、腐敗、内通。
そういった裏事情も無論ある。
それも込みで、彼らは他国の貴族社会に根付いていた。
それをフィオラは無理矢理引き抜いたのだ。
神官たちはこの十年で次々と、贈賄に反逆、時には性犯罪の容疑で告発された。
それを糾弾する裁判を経て、国民の神殿への信頼や愛着を削っていった。
そして相手を弱らせた頃合いで、本格的に予算削減に人材の放逐を行い、今や国内の神殿勢力はすっかり縮小している有様だった。
「……あらまあ。
そのようなことがあったのですね」
王妃はと言えば、他愛ないお伽噺を聞いたような顔でカップを置いた。
透けるような白磁の中で、ゆらりと水面が揺れる。
やがて王妃は、「なんて不幸な行き違いかしら」と呟く。
唇には微笑を浮かべたままだった。
「正義感も、行き過ぎれば毒にしかなりません。……そうではなくて?」




