魔女は神話がきらいなの②
「王妃陛下、お久しぶりです。
ご健勝であられて、何よりのことと存じます」
「パエルギロ公こそ。
暑い中わざわざここまでお越し下さり、感謝の念に堪えませんわ。
到着から今まで、何かとお忙しかったでしょう?」
「いえいえ、滅相もない。
王妃陛下のお力になることが皇帝陛下の御旨であり、また我が幸せでもございます。
それよりも……先日、随分思い切ったことをなさったそうで。
今王宮はそれで持ち切りですよ」
「あら、嫌だわ。
わたくしはただ、楽しい時間の返礼をしたかっただけですのに」
何について言及されているかは、すぐに分かった。
王妃の耳にも噂が降り注いでいるからだ。
数日前に開かれたアーゼリット侯爵家の晩餐会では、完璧な帝国式のフルコースが饗された。
そして最後に登場して絶賛を浴びた王妃の赤ワインの噂は、瞬く間に広がった。
寵姫フィオラが白ワインを好むというのはジディスレン王宮では常識だ。
王妃が赤ワインを下賜した意図を、誰もが感じ取った。
或いは王妃はそれを知らず、本当にただの気遣いのつもりだったのかもしれないが――「知らなかった」が通用する話ではない。
それが大方の貴族の見解だ。
当の王妃は、ただ穏やかに微笑んでいる。
嫁いだ頃と何も変わりない表情で。
「更には、アーゼリット侯爵夫妻が帝国式の身なりをしていたそうですな。
……忠誠の可視化、それは大変に有効な手段かと存じます」
「人間は、目に入るものに左右されますものね」
王妃に与する者は赤ワインを、寵姫に与するのなら白ワインを。
更に王妃への臣従を示すのなら、帝国の服を――そうした認識が広まることで、各々の忠誠が目に見える形で表現される。
なあなあにして逃げることが難しくなるのだ。
「――ねえ公爵。
このジディスレンのこと、どう思われますか?」
「親愛なる隣国でございますとも。
今はささやかな行き違いが生じているようですが、大陸の安定のため団結すべき者同士。
蟠りを解くべく、微力ながら尽力してまいります」
予想通り、型通りの返答ではある。
王妃はにこりと微笑み、更に一歩踏み込んだ。
「では、シェルベット伯爵夫人のことは?」