お飾り人質王妃ですが、何か?②
華やかな熱気が広がり、宴も佳境に入っていた。
その空間に漂うのは甘い南国の香りと、叙情的な音楽だ。
行き交う貴婦人たちは半透明の布をひらめかせて、魚のひれのように宙を泳ぐ。
ジディスレンのドレスは襞や染め、布の美しさを主として魅せるものだった。
帯で体の線を強調したり、ドレスの上から半透明の上着や領巾をかけることも多い。
宝石は一部分にしかつけず、生花や羽毛の装飾も多い。その影は柔らかく軽やかで、熱気を含んだ風にひらひらと揺れる。
一方帝国のドレスは最上の絹に、夥しいほどの刺繍とレースと宝石で飾り立てるものである。
その佇まいは、恐ろしいほど堅牢で揺るぎないものだ。
絢爛で重層で荘重なドレスは場違いであり、異界の月のように周囲から浮かび上がっていた。
しかし、それでも王妃は紛れもなく美しかった。
揶揄と侮蔑、そして隠しきれない称賛も浴びせられるが、王妃は反応らしい反応を見せない。
「少し疲れたな。……一旦休もう」
「ええ、陛下。……陛下におかれましては、本当にお疲れのこととお察しします。それなのに、私のことを気遣って下さって……」
踊りを終えた王と寵姫フィオラは長椅子に座り、小休止を入れていた。
広げた扇の影から、フィオラは流し目を送る。そこに浮かぶのは、艶を帯びた憂愁だった。
「……一度しかお聞きしませんわ。どうか、本当のことをお聞かせ下さい。
皇宮で、陛下は姫君と床をともにされたのですか?」
「いや、そのようなことは無かった。……そなたを裏切るわけがないだろう」
その問いかけに、王は首を振った。それをフィオラは静かに見つめる。
王が婚礼のために皇宮に滞在していた一月あまり、その間のことは彼女には手が出せない。
その成り行きを気にかけるのは、フィオラとしては当然のことであった。
王は彼女を抱き寄せて、誰にも聞かれぬよう囁きかける。
「心配せずとも良い。……あの女から子が生まれることなどあり得ない。
私の気持ちも、何も変わってはいない。所詮あの娘は、名ばかりの立場の人質でしかない」
「陛下……」
当然だ。そうであってくれなければ困る。
帝国からの圧力により、強制的に縁談を決められた時はどうなるかと思ったが。
王は王妃を、心の底から忌み嫌っているようだった。
それを確認して、ひとまずは安堵する。
「…………安心致しました、陛下」
それがこの半年ほど彼女を悩ませ続けた、最大の懸念だった。
王妃が嫡子を産んでしまえば、所詮愛妾である己はもう手も足も出せなくなる。
(そのようなこと、許すものか……!よりによって皇族に、これまでのことを台無しにされてたまるものか!)