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第十一話 嫌われ王妃は国獲りを始めるようです②

 同時刻、王妃は宮殿の書斎にいた。飾り一つないそっけない椅子に一人座る王妃は、広げた書の上にそっと手を置いた。

指が触れるのは、帝国語で綴られた詩の断章だ。

窓の外では、侍従に侍女たちが走り回っている。

今朝起きた「何か」の報せが、王宮中を駆け巡っていた。


 王妃は笑った。 誰にも聞こえぬほど小さく――まるで深い霧の奥、鋭く隠された刃のような微笑みだった。


「……ようやく」


 彼女の声は、ひどく優しかった。まるで、恋しい誰かを迎える前の、花嫁の囁きのように。



 濡れたような金を帯びた白亜の大広間には、幾つもの太い柱が渡してあった。

開放的で直線的、簡素な中に美が宿る作りは、ジディスレンの伝統的な建築様式だ。

天窓から光が差し込む先には、黄金の玉座が設えられ、そこから一点物の絨毯がどこまでも長く続いている。

王も寵姫も、脇に控える貴族たちも、誰もが緊張の面持ちだった。

いつも通りの顔をしているのは、王の傍らに座る王妃だけだ。

今日も変わらず、帝国式の格調高いドレス姿である。


 急遽帝国使節を迎えることになり、大急ぎで準備が進められた。

侍女たちを除いて、周囲のほぼ全員が王妃の言動を制限しようと言い聞かせた。

両国関係を左右する。場合によっては戦争になると脅し文句すら叩きつけた。

余計なことを言うなと散々言い含められた上で、初めて正式に王妃の玉座に座らされた。

傍にはいつも張り付いてくる通訳もいなかった。

この場においては、いる意味がないからだ。


「到着が遅れ、まことに申し訳ございませんでした。

皇女殿下――いえ、王妃陛下。

こうして拝謁が叶ったこと、無上の喜びでございます」


「…………」


 そして、王妃は青みを帯びた目を開いている。

その先にいる老貴族の姿に、ジディスレンに来てから初めての、零れるような、人間味ある笑みを見せた。


「……まあ、パエルギロ公。本当にいらして下さったのですね。

こうしてまたお会いできたこと、本当に嬉しいわ。

ラシエの導きと慈悲に感謝の祈りを捧げなければ」


「こちらこそ、安堵しております。

異国の風土にお辛い思いをなさっていないかと案じておりましたが……杞憂だったようです。

ご息災をお知らせすれば、皇帝陛下もさぞかしお喜びになることでしょう」


 皇帝陛下。その単語に、周囲の緊張はいよいよ高まった。

空気の変化を察知して、王妃はくすりと笑う。


「……ええ、それどころか、それはもう……ジディスレンは本当に素敵な国ですの。

先に到着した者として、是非公には、色々と、お聞かせしたいですわ」


 ――それは完璧な、ジディスレン語だった。


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