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第十話 まずは一歩分の魔法を①

 数日後、王妃は寵姫フィオラを憚って、帰り道に迂回することとなった。

その先で出くわした偶然の邂逅に、ヨゼフは大いに苛立つこととなった。

この時間帯、王宮の庭園に本来ならいるはずのない人物だった。


後から確認したところ、帰りの馬車が予定よりも遅れたことで、たまたまそこに待機していたらしい。

不幸な偶然と言うしかなかった。

王妃に気づいて跪礼したその貴族の姿に、当の王妃は不思議そうに声を漏らす。


「まあ、あの方は……どなたかしら。ご挨拶したことはないような」

「あの方は……アーゼリット侯爵でいらっしゃいます」


 ヨゼフは内心舌打ちした。よりによって、慎重に接触を避けさせてきた帝国派の代表。

こいつとだけは王妃と会わせたくなかったが、こうなった以上無理矢理引き剥がすわけにもいかない。


「……まあ。問題のある方なのですか?」


「ええ。このようにお会いするのは、少々……妃殿下、お分かりでいらっしゃいますね。くれぐれも迂闊なことは仰いませんよう」


 それに、考えようによっては好機かも知れない。

初期段階においてジディスレンの帝国派、即ち潜在的王妃派と王妃の間に亀裂を入れることは、決して悪くない。

それが達成できれば、王妃はますます孤立するはずであった。

これまでずっと従順に従ってきたのだ。今回も強く説得すれば、王妃はあっさりと自らの命綱を断ち切ってみせるだろう。


 だが次の瞬間、彼は耳を疑うことになる。

王妃はこんな時に限って、ヨゼフを通して話そうとはしなかった。

彼の方に一瞥もくれず、侯爵に微笑みかけ、彼に向けて声を発する。


「……ご機嫌よう。アーゼリット侯爵家のことは、皇宮で幾度かお名前を聞く機会がありました。お会いできてとても嬉しいですわ」


「勿体なき御言葉……思わぬ形ですが王妃陛下への拝謁が叶い、幸甚の至りにございます。

王妃陛下とは是非一度、直にお話したいと思っておりました」


 王妃の挨拶に、アーゼリット侯爵は何の躊躇もなく帝国語で応じた。

跪礼もジディスレンのそれとはやや違う、帝国式のものだ。


 帝国派貴族は、実際にエヴァルスの貴族と血縁関係を結んでいる者が殆どである。

代表格である彼自身も、帝国貴族の母と妻を持つ身だ。

盛んに帝国の話を振り、王妃もそれに微笑んで受け答える。

会話に興じる二人に、ヨゼフがそわそわして近寄ろうとするも、王妃の側に控える侍女が小声で呼び止める。


「恐れ入ります、ヨゼフ様。王妃陛下にお目にかける書類が、また新しく参りまして……至急、翻訳と確認をお願い致します」


 急かす侍女によって通訳が連れて行かれ、回廊には王妃と侯爵と、数名の侍女だけとなる。

王妃は少しの間、夢見るような目をして口を閉ざしていた。


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