第七話 薄暗い腐臭とは、どこからともなく噴き出すもので②
「……ランドルフ」
月明かりが淡く射し入る寝室。
そこにいた男は、昼に見かける軍服姿ではなく、どこにでもありそうな軽装姿だった。
ランドルフは軍人だ。国境争いで武勲を上げ、英雄と讃えられて久しい。
異例の速さで将軍となったランドルフは、元帥たるライエラ侯爵に仕える立場だ。
彼を通して軍部に働きかけられることが、今に至るまでの大きな助けとなった。
「来てくれたの」
「……お疲れ様です。フィオラ様」
そして時折は、ヴェルカ公爵夫人の手引によって、こうした来訪が実現する。
彼以外にも、男はいる。
この王宮で成り上がり、実権を握り、権勢を振るうため。
王のみならず、この場所に多くの男を引き込んだ。
通訳として王妃のもとへ送り込んだヨゼフとてそうだ。
けれど自ら選んで受け入れた男は、彼しかいなかった。
理由は分からない。美丈夫であるのは確かだが、これまでに出会った中で、特別容姿が優れていたわけではない。
気の利いた応答をするわけでもない。
頼もしいが、それ以上の感慨を持つには至らないはずだった。
それなのに彼の一挙一動で心臓が跳ねる。
浮き上がる。
自分でもどうしようもない、思いがけない心情だった。
「協力者から、情報と今後の承諾を得てきました。
王妃を封じ込める企ては、順調に進んでいるとのことです。
そのため切り札の方も、準備を始めさせました」
「…………」
「どうかなさいましたか?お顔の色が……」
「……怖いの。ランドルフ」
それは決して、誰にも言えないことだった。
どれほど帝国派を追放し、権力を恣にしても、心の中から振り払うことができないものだ。
帝国は世界の中心だ。帝国皇帝は神の子孫と謳われ、絶対の権力を誇っている。
そんな相手を相手に立ち向かうことに、全く恐怖を感じないでいられるほど、彼女は狂った人間ではなかった。
けれど、それを表に出すことはできない。
誰にも言えないそれは、次第に膨れ上がって宿主を苦しめる。
吐露できるのはこの男や、腹心の公爵夫人だけであった。
「…………」
慰めや気を引き立てる言葉はなかった。
別にそれを期待したわけでもない。
やがて彼は膝をつき、訥々と誓いを唱えた。
飾り気のない、けれど真情のこもった声で。
「何があろうと。最後までお仕えし、お守り致します。
他の誰が裏切ろうとも、この誓いを違えることはありません」
ありがとうと、そう返す声が僅かに震える。
フィオラは自身もかがみ込む。そして鍛えた無骨な男の手を取り、押し頂くように握りしめた。




