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第七話 薄暗い腐臭とは、どこからともなく噴き出すもので①

 白ワインの香りが、喉と髪にほのかに残っている。


 白ワインは王が、そして彼女が好む酒だった。

ほろ酔いが足元を泳がせ、目元は染まっている。

遅くに部屋に戻ったフィオラは、手早く着替えを済ませた。そして鏡を見つめる。


 艶やかに櫛った金色の髪に、朝焼けの空を写したような紅い瞳。

華やかな目鼻立ちは彫刻のように整っている。

背の高い、完璧な均整の取れた身体。

それは優美に布をまとって体の線を見せるジディスレン式のドレスを、完璧に着こなせる体だった。

着ているのは飾り気の少ない夜着だが、その姿は十分に匂やかだ。

むしろ装飾がないからこその、本来の美しさが際立っていた。


 ジディスレン一の美女、王妃のような貧弱な小娘など敵ではないと、今日も何人もの人間に言われた。

王を虜にし、諸侯に道を譲らせ、詩人たちは「永遠の薔薇」「沈まぬ太陽」と夜を徹して讃えた。

自分でも美しいと思うそれに、真剣な眼差しを注ぐ。


 この顔も、身体も、唯一無二の武器なのだ。

不備があっては、宮廷闘争を戦い抜くことはできない。

厳しい目つきで上から下まで矯めつ眇めつ眺め、どうやら問題なさそうだと、張り詰めていた気を少し緩めた。


「…………」


 気を緩めたためだろうか。

一瞬の隙に忍び込むように思い出したそれに、鏡の中の顔が歪んだ。

以前の園遊会での一幕は、彼女自身が指図したことだ。

王妃の自由を制限し、人心を操り、より大きな権力への足がかりとする茶番だった。


 けれど皇族に公の場で貶められる形を作り出したのは、思った以上に堪えた。

王妃がフィオラを見つめた目。

それは紛れもなく、言葉以上の嘲弄を浮かべていたのだ。

あの時確信した。

王妃は彼女にとって、不倶戴天の敵であると。

抑圧し、適当に軟禁して済ませるなど、中途半端なことはできない。

絶対に排除しなければならない、どちらかが完全に滅びるまで終わらない怨憎を生み続けるのだと、そう直感した。


 だが、よりにもよって帝国の皇女に敗れて力尽きるなど、断じて許せることではない。

疲れを押しのけ、鏡の中の自分を鼓舞する。


「私は――間違っていない。私は正しい。私は、負けない……」


 その時ふと、鏡の端に映ったものが意識に止まった。

振り返り、テーブルに近づいて確認する。

無意識の内に鼓動が高鳴るのを感じた。


「…………」


 花瓶に飾られた花の葉先が、小さく折られていた。

ただそれだけのささやかな合図。

合図が知らせるものを思い、少しばかり足が逸る。


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