第六話 そんなつれないこと言わないでよ!!①
「王妃陛下、ご機嫌麗しゅう」
「これはこれは、妃殿下」
今の王宮では、その呼びかけだけで己の立場を表明することができる。
ジディスレンでは王の正妃を、王妃陛下と呼ぶのが慣例だ。
その中で王妃に妃殿下と呼びかけるということは、フィオラ支持を表明するに等しい。
フィオラを支持する寵姫派始め、中立派の一部もそれに倣う者が出始めていた。
彼らの中で妃殿下という言葉への抵抗感が、徐々に薄れている証だった。
どうせ言葉を解していないのだ。
解していたとしても、そんな微妙な言い回しの差異など一々覚えていられないだろう。
輿入れから半月も経過した頃には、すっかり王妃を侮る風潮ができあがっていた。
フィオラやその取り巻きたちも、肩で風を切る勢いで権勢を示す。
王妃がここまで蔑ろにされるのは、幾つかの理由がある。
だがその一つは、帝国独自の結婚儀礼と、そこから始められた花嫁行列に由来していた。
王の結婚と言えば、通常は花嫁を呼び寄せて、自国で式をあげるものである。
しかし、エヴァルスの皇女を娶るとなれば話は別だった。
まず王自身がエヴァルス帝国の皇宮に出向き、婚儀の許しを皇帝に請わねばならない。
そしてそのまま挙式し、花嫁を伴い帰国してから更に式典を開くのが習わしだ。
それも全ては帝国への畏敬故――大陸におけるエヴァルスの存在感は、それ程に重い。否、重かった。
人々の価値観は、ここ数年で変わりつつある。
今回の王妃クリスベルタの花嫁行列も、その変容に拍車をかける一つとなった。
通常の皇女輿入れの場合は、莫大な持参金や贈答品や土産、侍従や侍女が付き従い、目も眩むような行列が作られるものだ。
王妃は厳密には皇女ではないとはいえ、皇女の婚姻という形式を取った以上はそう遇するべきだ。それなのに――……
「皇女とは思えないような見窄らしい花嫁行列でしたもの。
あれではバーデル伯爵家のご令嬢が輿入れなさった時と大差ない……皇女ともあろう方が、あの程度の準備しかしてもらえないだなんて」
「そもそも皇女ではないのですもの。
皇帝に見捨てられたも同然でしょう。お可哀想に」
王と皇族の婚姻に限った話ではない。
持参金は、嫁ぎ先においての花嫁の立場を守り固めるものだ。
それを満足に持たず嫁いできた者は、どうしても侮りと偏見に晒される。
貴族たちは今日も、扇の影で揶揄交じりに笑い合う。
その視線の先には、謹慎を解かれたばかりの王妃の姿があった。
礼儀作法に従って、順番通り挨拶はする。
だがそこには否応なく、軽侮と嘲りが滲み出た。