第四話 お前たちはどうするのかしら?⑤
昼間の顛末や貴族たちの反応は瞬く間に噂になって、日が沈むまで王宮のどこもその話題で持ち切りだった。
到着から数日程度だというのに、今や王と王妃の不仲は誰もが知るところだった。
誰が見ても分かるほど、新婚の国王夫妻の仲は冷え切っていたのである。
今日も噂が飛び交う中を歩き回り、奔走する一日だった。しかしひとまず、今日すべきことは終わった。
新たな用ができるまでは休める。
休むといっても、王の部屋の椅子での仮眠だが。早く戻ろうと足を早めた彼だが、ある角を曲がったところで目を見開いた。
その気配を伝えたのは、覚えのない香りだった。鼻を掠める、複雑微妙にして癖のある典雅な香。
皇宮まで付き従ったカラフには分かった。これはティオネル香だ。
極希少な香木を原料とし、エヴァルスの皇族にしか使用できない香。
そして、今のジディスレン王宮でこれを使える者はたった一人しかいない。
彼はつい足を止め、王妃宮の方を見る。優美な白亜の壁に、窓枠に、人影がひっそりと落ちている。
その姿は、カラフも何度か見たものだった。
(知っていたけれど、やっぱり、お美しい方であるのは間違いない……)
微風が吹き抜け、淡い黒髪がさらりと揺れる。
王妃は窓辺に気配もなく佇んでいた。それは現実と言うより、不思議な夢幻のような光景だった。
黒く、水中にあるように柔らかく流れる髪。
それがどこまでも涼やかに、朝靄を被せたような真白い顔を縁取っている。
色彩は混じり気のない黒白であるのに、その対比は透き通るように淡い。
それはあたかも、夜と朝の狭間に佇む幻のような、儚い美しさだった。
そして、その瞳。青みを帯びた、ひどく淡い琥珀の色は、光の下では金にも見える。
細い睫毛に覆われたその色は夢見るような、感情を窺わせない眼差しを乗せて、やわらかく揺らめいていた。
「――――……」
王妃は、空を見ているようだった。白い顔に微笑が滲む。初めて目にした王妃は、美しかった。
ふとその眼差しが、立ち尽くすカラフへと向けられた。
「――――!」
体が固まる。背筋が凍る。
カラフはその目に、本能的な怖気が走るのを感じた。蛇に睨まれた蛙のように無力に慄く。
その目は、ここまで付き従ってきた主君の、何もかもを壊してしまうと――理屈ではなしに、そう感じたのだ。