かくして幕は下ろされる
さあ、ここで答え合わせ☆
クリスはなぜ、こんなことをしたのかしら~??
(by亡霊姫★)
春の終わりであるというのに、いつしか空気は冷えていた。据え付けられていた燭台の一つに、小さな灯を入れる。屋内の微風にも光は揺らめき、仄かながら周囲を照らし出した。
「――答え合わせを致しましょうか」
「全ては明白。今更何を知りたいというの」
王妃は面倒そうに頭を振る。柔らかな黒髪は殆ど音を立てず、微光をまとって煙のように流れ落ちていく。ここに至った端緒など、火を見るよりも明らかだ。何もかもがあからさまで、露骨で、誰の目から見ても分かりきったこと。
――ジディスレン国王が愛妾に唆され、帝国に歯向かおうとしたからだ。
イーハリスの政変以来、各地で高まる革命の気運。動乱の大陸。下賤の女に入れあげ禄に機能しない統治。あまつさえふざけた革命政府を庇うという忘恩。それは許されざることだった。裁きを受けて然るべきことだった。
だからといって、帝国としても力尽くで従えるのは最後の手段だった。反抗的だからと一方的に膺懲したのでは、幾ら何でも外聞が悪すぎるし切りがない。後々諸国との禍根も残ろうものだし、帝国の存在そのものを敵視する革命派に、要らぬ餌を与えることになる。故に帝国としては、この件をジディスレン内部の諍いということで早期に決着させたかったのだ。クリスベルタはそのために選ばれ送り込まれた。
「そう、そのためにまさかあそこまでなさるとは――まさか出産したその日に住居に火を放つ女人がいようとは、僕の如き凡夫には思いもよらぬことでしたね!」
高揚を隠しもしないその声に、王妃はゆるりと目を伏せた。隣にいる、指一本動かせぬものの意識はあるはずの王などお構いなしだ。
思い出の中で、火の粉は輝きながら散っている。あの時の炎は美しかった。天候にも恵まれ、実によく燃えてくれた。
そう、わざわざ、よりにもよって。出産直後に自作自演の殺人芝居を上演するなどと、普通は誰も思わない。「まさかそんなことはしないだろう」と、その認識を逆手に取ったのがあの火災だ。
「戦神ファルゴーの血、でしたか?皇家秘伝の精力剤があるとは聞いていましたが、大したもののようですね」
「……まさか。あれはただただ、天佑によって助かっただけですもの。一つ間違えばあの女は今ものさばり、屍を晒していたのはわたくしたちだったでしょう」
「ふふふ、まあ、そういうことにしておきましょうか」
産後の体を動かすため、医師たちに用意させた戦神の血の味もはっきりと蘇る。危険を冒した価値はあった。あれで一気に国民の同情と支持を得ることができたのだから。
「……貴女は恐ろしい御方ですねえ。そして本当に面白い……ああ、辞令なんか無視して南に留まって良かった。ラシエの御導きにはどれだけ感謝しても足りません」
そう言って、ラシエ教の神官長は、祈るように天を仰いだ。仰々しくそうしておきながらも、声はどこか白々と静かだ。
「……」
胡乱な目でそれを観察していた王妃は、やがて小さく息をつき、気分を切り替えて勢いよく扇を閉じる。小気味よい音は、静まり返った場所ではよく響いた。
「お前はこれからどうするつもりですか?」
「父が立腹しているようなので、一旦家に戻ろうと思います。ことと次第によっては、またお会いするかも知れませんね」
そこまで言って、ふと真面目な声になり、
「お気をつけ下さい。命が消えても情念は残る。そんなことは、枚挙に暇がありませんからね」
去っていく足音は聞こえなかった。ただ気配が徐々に遠くなっていく。静かに、密やかに気配が薄れ、遠ざかる。後には静謐な薄闇が残った。