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血の祝宴のそのあとに

生き残った貴族の中に、浮かれ女がいるわ☆

おばかさんのふりして、したたかね~

(by 亡霊姫★)

――全てが完遂され、貴族たちが解放されたのは、日が沈みきった頃だった。殆どは全てが終わるまで、その場に拘束され続け、終わり際には幽鬼のような顔をした者が大半だった。



だが、そうではない者もいた。生き残った貴族が真っ先に考えなければならないのは、彼らのことだ。



「…………ああ、くたびれちゃったわ~。ね、あなた?」



「そうだな、ルルシラ。……思いの外、道のりは険しそうだが。すぐにどうこうということはなかろう」



彼ら夫婦に饗されたのは、帝国式の優美なフルコースだ。幸いそこまで重い品々ではなかったが、あの場で一口を運ぶことがどれほど難しいかは言うまでもない。



大量のご馳走と、ほんの一口二口で無くなる果実酒。通常の晩餐ならほぼ間違いなく、前者の方が厚遇されていると解釈される。しかしこの場合、意味するところは反対だ。あの場では量が少ないことこそが勲章だった。



「……それでも、お前を連れて行くべきではなかった」



「あらぁ、良いのよ。水臭いこと言わないで頂戴。……王妃陛下の慈悲の値段としては、破格だったと思うわ。それよりも……王妃陛下に呼ばれた、あの方たちについて考えましょ?」



あの地獄の正餐は、王妃派の重臣であれば一口二口で終わる。その後の彼らの役割は、処刑と貴族たちの反応を観察することであった。



そして、途中で王妃が一部の者の名前を呼び、退去を許した。それは極めて象徴的なことであり、貴族たちにとって今後の生命線となりうる手掛かりだ。



王妃が誰をいつ呼び、どのような言葉をかけたか。それはそのまま、王妃派の序列と最終評価を表している。その中でも上位に来る者こそが、今後のジディスレンを牽引すべき存在だと、王妃はそう示したのだ。



それ故に、あの場にいた貴族は、その全てを記憶し把握しておかなければいけないのだ。でなければ取り残され、今後の宮廷秩序において生き延びられなくなる。たとえそれがどれほど血腥く、人間性を保つことさえ困難な、地獄より尚悍ましい状況であったとしても。



「真っ先に呼ばれたのはアーゼリット侯爵夫妻だったな。やはり王妃派の筆頭は彼らで確定的か」



「うふ、同感。暫くは侯爵の天下が続くでしょうね~。その次はカルヴァン伯爵、次がヴァルネート侯爵だったわね~。逆だと思ってたからちょっと意外~……何かあったのかもね?」



「そうだな、調べておく価値はある。贈答品を選ぶ際にも留意しておくべきだろう。……我が家も身の振り方を考えねばなるまい」



自邸に戻ったライエラ侯爵夫妻は、情報のすり合わせと分析を行う。灯りは小さな燭台が一台だけ、ちらちらと揺れているだけだ。



夫婦は長椅子に隣り合って座り、ルルシラが二人分の水を注いで配った。凄惨な儀式を終えてきたとは思えないほど、いつも通りの明るい笑顔だ。



「はい、どうぞ♡」

「……お前はこれで良かったのか?」

「え~?なにが~?」

「……寵姫に思い入れを持っていただろう」



水晶のグラスを掲げたルルシラの手が、一瞬止まった。薄暗く不安定な灯り故か、浮かび上がる顔は別の女のように見えた。



侯爵は、妻のことをそれなりに理解している。巷で言われるような愚かで浮ついた女ではないし、彼女なりの感情と信義を持っている。



「今は二人だ。人の耳を警戒する必要はない。分かっているだろう?」

「……そうねえ」



ルルシラは嫁いだばかりの頃、周囲と上手く馴染めていなかった。それは実家同士の利害関係もあれば、本人の華やか過ぎる容姿のせいもあっただろう。



隅の方で、所在なさげに佇んでいた姿を覚えている。そしてそんな彼女に最初に声を掛けたのが寵姫だったことを知っている。王都が落ち、寵姫が投獄された日、いつもの夜遊びに行かず、部屋で一晩中祈っていたことも。



帝国式とジディスレン式を織り交ぜた折衷的なドレスを仕立てたのも、寵姫派の名残をかすかにでも留めるためではないのか。……流石にそれは、今となっては絶対に言えないことであるが。



「……彼女はわたしに、ここで生きていくコツを教えてくれたの。感謝してたし、好きだったわあ。

まあわたしが帝国貴族だと知るとぱったり話しかけてこなくなったけど、そういう分かりやすいとこも………………でもねえ、王妃陛下に睨まれてしまったら、わたしなんかにはどうしようもないじゃない?」



「……助けたいとは、思わなかったのか」

「助ける?どうやって?」

ルルシラは首を傾げる。顔は無邪気に笑っていたが、淡青色の目は静かだった。

「わたしにそんな力、ないわよ♡」



助けられなかったのではない。助けなかったのだ。それをお互いに知っている。



侯爵は黙り込んだ。ルルシラはほんのり目元を染め、「まっ、しょうがないわよねえ~」と指先で杯を回した。



「だってわたし、お馬鹿さんだもの♡」



うふ、といつもより力なく笑う妻の頭に、掌で触れた。柔らかい巻き毛の感触が指を通っていく。その手つきに、ルルシラは少しくすぐったそうにした。



「あらあら、慰めるのヘタねえ……でも、そういうとこがすき♡」

「そうか。私もお前のそういうところを得難いと思っている」



永遠の薔薇と謳われたかの寵姫はもういない。彼女は選び、戦い、そしてあの処刑台に辿り着いた。



そして彼らも、彼らの選んだ結果としてここにいる。それだけのことなのだった。



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