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メニューは多種多様☆お腹いっぱい召し上がれ~☆

物語の性質上、残酷な描写(流血を含む)が続きます。

苦手な方は、どうぞ無理をなさらず読み進めるかどうかご判断ください。

ご負担にならない範囲でお楽しみいただければ幸いです。


王妃に対して虚言を弄し、時にでたらめな噂を振りまいた貴族に、一皿。牛の舌を焼き、香草とバターで味付けして仕立てたものが出された。



「この国では、馴染みのない珍味かもしれませんね。けれど、ここでわたくしは学びましたの。言葉というものは、あまりにも多くの意味を持つのだと――讒言、甘言、虚偽、忠誠……それらは舌先一つで変わる、脆く底知れないもの。



それを教えて下さった貴方方に、是非味わって頂きたいわ」



それは口封じであり、沈黙の強制だった。これから先、彼らは何を言うことも許されず、ただ上に命じられるがまま尽くすしかない。柔らかく肉厚の、香り高いそれが、噛めば噛むほど喉を締め上げた。



「お喋りが好きな方ほど、喜んで頂けるのではないかしら?」



「私は悪くない、悪くないんだ!しかし、ああ、フィオラ様……!」

通訳ヨゼフが処刑され、断末魔が響き渡った。



王妃派の貴族たちは、出された僅かな酒を飲むのに十秒もかからない。彼らはあまりにも死と近い食事風景とは対照的に、彫刻のように静かに周囲を見守っていた。そして王母は、合間に彼らに一人ずつ呼びかけていった。



「アーゼリット侯爵、ここはもう結構ですから、執務に戻って下さいな」

「承知致しました、王妃陛下」

その声に促されて、アーゼリット侯爵は席を立つ。深く礼をし、そのまま退出していった。





策略を使い王妃の邪魔をした貴族、毒を使って暗殺を謀った――それに関与した疑いのある貴族に、一皿。調理済みの魚を盛り付け、金箔と柑橘の粒を散らした一皿だ。



「ご存知かしら?大変強い毒を持つ魚なのです。しかし適切に処理すれば、ふふ、この通り。……よく噛んで召し上がってね?」



透けるほど薄く切られ、大皿の上に花のように広がるそれは、生と死の境界線だ。



その意味するところは、猛毒すらも己の手にかかれば美味となるという権力の誇示。国を蝕む毒であった寵姫派を処理し、制御していくという決意表明。



食べていくと魚の下から、血を思わせる赤い花びらが浮かび上がってくる。単なる皿の模様だが、見つけた貴族は悲鳴を上げそうになった。



「少しでも処理が未熟であれば、どうなることか……ああ、考えたくもありませんわね?」



王母は笑う。絶叫が絶え間なく響く悪夢の宴で。



「お力になれず、申し訳ありませんでした……お先に参ります」

「いやあああああっ!!なんで、どうして、フィオラ様……!!」

「騙された、裏切られたんだ!!何でもするから助けて、」



次々と処刑は進められていく。寵姫派に与した者が消されていく。寵姫派どころか、宴に拒否反応や恐怖を露わにした者たちまでが。



「カルヴァン伯爵。幼い御子息が、屋敷で寂しくお待ちでしょう?もうお戻り下さって構いませんわ」

「陛下のお心遣い、まことに恐悦至極に存じます」



寵姫を崇拝し、王妃に与さなかった貴族に一皿。完璧に調理された牝鹿の肉が、果実を使ったソースで彩られている。



「蠱惑的なお味でしょう?ああ、彼女たちは成り上がるために、どれほどの色香と策略を弄したのかしら。…………まあ、最早、どうでもいいことですね」



かつての寵姫の信奉者に、そして寵姫自身に。その者はもう狩られた牝鹿であると、そう突きつける。一時は王を惑わせ、国を揺るがした者も、王母の掌の上で調理される食材でしかない。



赤葡萄酒と果実をふんだんに使った、血を思わせるソース。中は完全に火を通しておらず、柔らかい赤色が覗く。ナイフを動かすと本当に、「誰か」の肉を裂いているような手応えが返ってくる。



「甘くて、それでいて重厚で。美味しいでしょう?これこそが、貴方方が憧れ、ひれ伏したものの味ですわ」



「フィオラ様、お逃げ下さい!この女は悪魔です!!貴女さえ生きておられれば――」



そして、フィオラの腹心ヴェルカ公爵夫人――いや、既に公爵家からは縁切りされており、ただの女囚となっていた。ただのルシアーナとして処刑された。





「ヴァルネート侯爵、先日お願いした報告書、まだ上がっておりませんわね?そちらを優先して結構よ?」

「……はい。全力を尽くします。お先に失礼致します、陛下」



次々と処刑が執行されていく。だが王母の近辺だけは、凄惨な光景とは別世界のようだった。



名を呼ばれた王妃派貴族は席を立ち、王母に深々と敬礼して去っていく。いち早く地獄を抜け出すことを許された者たちには、その度視線が突き刺さる。羨望と憎悪と懇願が入り混じった、それは何とも形容しがたいものだった。



そうしている間にも、寵姫派は次々殺されていく。玩具の積み木でも崩すかのように呆気なく。誰にとっても、悪夢の光景であった。



饗される料理自体は完璧だった。このような状況でなければ、喜んで舌鼓を打つ者も少なくなかっただろう。どれもこれも職人が丹精込めたであろう、帝国宮廷の晩餐会に出されても遜色ない逸品だった。



選びぬかれた素材、凝らされた技巧、洗練された美味。だがそれが一層、この地獄の闇を際立たせていた。



また一人、脱落者が出る。その前に置かれているのは血の滴るステーキだ。血の飛び散る処刑台に近い席で、あからさまな悪意が滲む品だった。あまりに酸鼻を極める状況に耐えきれず、食器を落として嘔吐する。



その瞬間、兵に拘束されて立たされ、引きずっていかれる。絶叫と命乞いが響くが、それで手を止めることは許されない。響き渡るのは、王母の歌うような優雅な声だけだ。



「あらあら。まだ残っておりますのね。困ったこと。……どなたか、代わって完食して下さる方はおられるかしら――?」



誰も名乗り出ない。王母は「おられないのね。では、仕方ありませんね」と微笑み、処刑人に向けて首肯した。



正装を命じられたのは、こういう意味もあったのだ。この場での立ち振る舞い如何では、それがそのまま死に装束となるかもしれないから。「料理」を出された貴族たちは引きつった笑みを維持し、震える手を誤魔化して出される料理を口に運ぶ。



「食べながらで構いませんので、聞いて下さいます?――……皆様、ここにいらした時から、陛下のこの様について疑問がおありでしょね?」



王母は柔らかい仕草で、隣に座った王ヘルヴァルトを示した。それにも、王は何の反応も見せない。石像のような凍りついた表情だ。目は虚ろで、ぴくりとも動かない。抜け殻になってしまったようだった。



「最初に処された小姓と、その罪科を覚えておいででしょう?あの者は数年に渡り、陛下に薬を盛っていたのです。私は以前よりそれに気づいておりましたが……疎まれ遠ざけられる王妃の身で、何をどうすることも叶いませんでした。



せめて全てが終わってからお助けしたいと――ですが、手遅れでした」



王母は傍らに座る、廃人同然となった国王ヘルヴァルトの肩に触れ、沈痛に目を伏せてみせる。



「わたくしが王都を取り戻し、王宮に踏み込んだ時には、既にこの有様だったのです。なんてお可哀想な陛下。お助けして差し上げたかった。たった一度、毒婦に心惑わされたばかりに、このような無惨なお姿に……」



王母は深く俯いてまつ毛を濡らした後、「……わたくしも、彼女に殺されかけました」と、静かすぎるほど静かな声で告げる。



「焼け出され、殺されかけて……ああ、今思い出しても背筋が震えます。本当に――……本当に恐ろしゅうございました。



無論、その方にとってわたくしが邪魔であることは分かっていました。ですがいくらなんでも、産後の女を赤子諸共焼き殺そうなどと……そのような人とも思われぬ恐ろしい企てをする方が、この世にいるだなんて……」



そう宣う王母こそが、今現在、この国の誰よりも恐怖を集めているだろうが。本人は何食わぬ顔で、寵姫の恐ろしさを糾弾した。それを指摘できる者がいるはずもなく、一方的な言葉が続いていく。



「その女の部屋から、それはもう次々と出てきましたの。陛下を完全に傀儡にしたと思い、油断したのでしょうね。誰に何を指示したか、どういった手順を踏んだか、全て事細かに書いてありましたわ」



「こうなっては、誰が悪であるかは明白です。彼女は王を籠絡し、わたくしを殺し、国を傾けんとした」



「王妃宮に火を放ったヴァリナ夫人だって……誰に命令を受けていたのか、考えるまでもなく分かることでしょう?」



「すべて、すべて、そこの女が仕組んだことですわ。わたくしは毒婦の魔手から、この国を救うためやむなく起ったのです」



「違う」と、「虚偽だ」と分かっていたとしても、口に出すことは許されない。口を反論に使えば殺され、咀嚼に使えば生き残れる。彼らはただ、口に料理を詰め込んだ。



「――――違う!!」



しかし一つだけ、虚偽を切り裂く声が上がった。唇を噛み破り、絶叫し、耳を塞ぎ、なすすべもなく死の宴を眺めていたフィオラは、決死の形相で叫んだ。



「証拠は捏造だ!全て出鱈目だ!放火の指示など出していない、お前がそう仕向けたんだろう!あの件は何もかもお前に都合が良すぎるのだから!!」



「一歩間違えば、わたくしも死ぬところでしたわ――産後の身であのような仕打ちをされるだなんて、思いもしませんでした。本当に恐ろしい方ですこと……貴女を産んで下さったお母様も、知ったらさぞお嘆きになることでしょう」



「っあ、は、母……お母様が死んだのは帝国のせいだ……!!私は、私はただ、誰かが誰かに踏み躙られない世界を作りたかった!腐りきった制度を打破し、万民が平等である世を求めた!殺された者たちは同じ夢を抱いていた!その切なる願いに、お前たちがする仕打ちがこれだ!!これこそが帝国の正体だ!!」



髪を振り乱し、目を狂気に血走らせながらも、不思議と高らかな声でフィオラは叫んだ。



「私は何も後悔はない!!!お前は悪魔だ!地獄に落ち、報いを受けろ!!目を覚ませ、こんな人間の支配を受け入れていはいけない!」

それに王母は答えず、ただ静謐な笑みを浮かべて、



「……あのようなことを言っていますけれど……どなたか、彼女に賛同する方はいらっしゃいますか……?」



貴族たちに、そう問いかけた。当然、誰も答えられるはずがない。賛同するどころか、反応しただけで処刑台に引き立てられるだろう。それが分かり切っている。一人一人の目から、光が消えていき、食器を操る手も機械的な動きとなっていく。



「そう、賛同者はいないと――残念ながら、今の貴女を迎えてくれるのは、アプネルの懐に送られたお仲間だけのようですわ」







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