第四話 お前たちはどうするのかしら?③
そしてそんな「女狐」の方はと言えば、取り巻きに口々に賛美されていた。
例外なく、ジディスレンの伝統的なドレスをまとっている。
優雅な襞と流れる袖、半透明の上着を重ねている者もいる。
布地の美しさを存分に見せるジディスレンのドレスは、王妃の帝国式ドレスとはまた違う美しさがあった。
その中でも最も美しく、華やかに、咲き匂うように君臨するのはフィオラである。
彼女の微笑を輝かせるのは布でも宝石でもなく、「変わらず王に愛されている」という確信であった。
「昼間は素晴らしい対応でしたわ、フィオラ様。
ああいう時に人の心ばえの美しさが現れますのね」
天鵞絨の長椅子を一人で占領し、たっぷりとした頬の肉を緩めるのは、グラフィナ伯爵夫人だった。
「傲慢な妃殿下など恐るるに足りませんわ。
こう言っては何ですが、覇気のない小娘でしたもの。
神の末裔の血筋なんて謳い文句がお気の毒になるほど。
フィオラ様のお美しさに到底及びませんわ!」
グラフィナ伯爵夫人の甲高い声が、まるで天井を打つように響く。
周囲の貴族たちもそれに唱和した。
フィオラは静かに微笑んで受け入れるが、その目はどこか思案げだった。
寵姫派は、帝国派と比較すると若者が多い。
帝国国境から遠方に領地を持つ者、叙爵されて間もない者など、さほど帝国の恩恵を受けていない立場の者たちだった。
彼らの視点では恩恵よりも払わされたものの方が大きく、ジディスレンは帝国の小間使ではないという認識だ。
フィオラは王の寵愛を受けてから数年間、そんな彼らの思いを実行に移すべく尽力した。
誰よりも聡明で王を助け、正しく権力を振るう寵姫として。
腐敗した官僚たちを更迭し、制度を刷新し、家柄よりも能力のある者を取り立てた。
頑迷な帝国派貴族を一人、また一人と失脚や左遷に追い込み、派閥全体の発言力を削ってきた。
その経緯から、優秀さと野心を兼ね備える者は寵姫に期待を寄せている。
従来のあり方からの脱却を。豊かに、強く、自立した国を。ジディスレンに新しい時代を。
寵姫派はその理念に魅せられ、賛同した者たちが多くを占めていた。
しかしいかに志が高かろうとも、そこに必ず力が伴うとは限らない。
帝国の軍事力を盾に押し付けられた縁談は、彼女たちにとっては苦々しいものであった。
だが、それも既に霧散していた。
王のフィオラへの寵愛は何も変わらず、むしろ一層深まった。
王妃を会議に一歩も入れず、代わりにフィオラを隣に座らせ続けている。
王妃の存在など、最早大したことではない。
あの人形のような王妃に何ができようか――そんな安堵と侮りが、その場の空気に満ちていた。
フィオラの安堵はその中でも特段に深い。
ここから逆転されるとしたら、王妃が世継ぎを生むことしかないが、その可能性は最初から潰えているのだから。
「噂の通り、傲慢な方のようでしたわね。
けれどあのように陛下の勘気に触れるようでは、フィオラ様の敵ではないでしょう」
「ええ!陛下のご寵愛も全くお変わりない様子で、大変安堵しましたのよ!」
グラフィナ伯爵夫人は、香水と白粉を撒き散らすように笑う。
それを見守るフィオラに囁きかけたのは、ヴェルカ公爵夫人だった。
伯爵夫人を見やるその目には、隠しきれない蔑みがあった。
「……先ほどから、迂闊なことばかり。
あの様子では、いつフィオラ様の足を引っ張るか分かりませんわ。
掣肘した方が宜しいのでは?」
「……そのように言うものではありませんわ。
私は私を支持してくださる全ての方々に感謝しておりますの」
確かに信頼に足る人間ではない。
同派閥と言っても大した信条もない、姑息で下品な女だが、何事も使いようだ。
フィオラは扇の影から、腹心の友にひっそりと微笑みかけた。
「勿論、貴女ほどに信を寄せられる者は、中々おりませんけどね?」