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魔力は満タン、いざゆかん最終決戦!

そうそう!クリス、魔力を見せつけてやりなさい!!

(by 亡霊姫★)


 王宮から逃れたパエルギロ公は、久しぶりに安らいだ心地で王母と語らっていた。王母の腕には、あどけない顔で眠る赤子が抱かれている。


「監視は厳しかったですが、何とか逃げることができました。これもラシエのお導きでしょうな」


「公爵の家は帝国が始まった時から、忠臣の名を歴史に刻んだ家ですもの。当然のことでしょう」


「そうであれば光栄なのですが。それにしても、意外な顔を見て非常に驚きました。あれも皇女殿下のご深謀で?」


 礼を告げる老公爵と王母は和やかに談笑する。


「お祝いを述べるのが遅れましたが、ご出産を恙無く終えられましたこと、心よりお慶び申し上げます。ジディスレンに世継ぎが誕生し、どんなにか人々は励まされたでしょう」


「ええ、ありがとうございます。幸いこの子も元気で、大人しくて……シグラートと名付けましたのよ」

「それはそれは……」


 そんな風に語らっていたところに、アーゼリット侯爵がやって来た。後ろには何名か、王妃派の主要な貴族を引き連れている。暫く見なかったヴァルネート侯爵の姿もあった。先頭のアーゼリット侯爵が代表して、現在の情勢を報告する。概ね順調で、大きな問題や異変はないとのことだった。


「……ですから将官も少なからず我が方に呼応し、人材を寄せ集めた今の軍部はほぼ烏合の衆の如きもの。一方我が方には、援軍や物資がジディスレン各地から続々到着しております。これより総力を結集し、敵軍を壊滅させて見せましょう」


「それは何よりです。ライエラ侯爵は、どういった立場を取るつもりかしら」


「……元帥の立場、そして今も王宮に留まっている以上、迎撃を指揮する心積もりでしょう。ですが妻君とご長男ががこちらに出向いており、家への慈悲を願い出ております」


 アーゼリット侯爵は、やはり帝国寄りの貴族の性と言うべきか、皇帝の意向が気になっているようだった。最近は度々、同じことを聞かれている。


「……王妃陛下。恐れながら、皇帝陛下の御心はどのように……」


 それに微笑みながら、王母はいつも通り答える。息子をゆっくりとあやしながら、


「正しき我々に勝利以外は有り得ませんもの。我が子と皆様を信じておりますわ」


 それが彼女の決定だった。ここで帝国の力を借りようものなら、結果がどうあれ負けだ。


 結局はそれが狙いでやって来たのだろうという言葉に、反論できなくなる。それでは何のために一年耐えて、まだるいことをしてきたのか分からない。


 皇帝に自らの価値を示すためにも――彼女としても、己の今後が懸かっている。


「これより王都への進軍、攻撃を開始致します。必ずや勝利を献上致しましょう」

「ええ、頼もしいですわ、本当に」 


 あとは息の根を止めるだけ。全てが順調に進んだ。しかし――声が、止まないのだ。余韻だけで身の竦むような、理性を掻き毟るようなその声に、顔が歪みそうになるのを抑えるのがやっとだった。


 その時思い出したのは、去年の暮にある男と話したこと。


「何でもあの方、双子でいらしたそうですよ」

 ――ぱちんと、何かが弾ける音がした。


「それでは王妃陛下、王太子殿下に代わり、どうぞご命令を――」

「殺せ」


 稲妻のように返ってきた答えに、促した侯爵も、貴族たちも目を瞬かせた。うら若き王妃に不似合いな言葉が出た気がする。そして主君に目を向け、慄然とする。


 別人のようだった。優雅でたおやかでありながら、幼さの残る美姫の姿などどこにもない。


 目にしただけで全身の毛が逆立つ。この相手に逆らってはならないと本能的に感じ取る。


 そこにいたのは少女の形をした権威だった。千五百年間、大陸の覇者として君臨した一族。お前が目にしているのはその子孫なのだと、思い出させるように。人一人軽々と潰してしまえるような、歴史と因業の重量に圧倒される。


 支配者として生まれた者のみが持つ、その圧力。その引力。どこまでも深く引きずり込まれて磨り潰されそうな、そんな力がそこにはあった。


 周囲の慄きなど気に留める様子もなく、王母は傲然と続けた。


「殺せと、言っています。磨り潰しなさい。一人残らず…………塵も残すな」


 呆然としていた中、真っ先に我に返ったのはアーゼリット侯爵だった。即座に頭を下げ、周囲に檄を飛ばす。


「は、王妃陛下……!膺懲の命、謹んで拝命致します!」


 そして、天下分け目の火蓋は落とされる。怒号が飛び交い殺し合い、誰も彼もが殺された。王都の周りは屍で埋め尽くされた。後にはただ丸裸にされた王都、国の心臓である王宮が残った。


 鬨の声に剣戟が鳴り響き、敵味方が倒れゆく中、王母は腕の中の我が子に、子守歌を聞かせていた。


 記憶が曖昧なので、所々は適当に誤魔化す。歌詞も不確かで飛び飛びだ。遠い昔母に聞かされた、気もするような、あやふやな旋律だ。


 しかしそこに込められた思いは何よりも、世界を歪めるほど強かった。


 愛しい子 愛する子 世界に恵まれた我が子

 花を摘んであげましょう あなたの笑い声のために

 布を織ってあげましょう あなたの身を包むために

 いつまでも歌ってあげましょう あなたの夢を守るために

 あなたのためにわたしがある わたしがあなたの城となろう

 星の彼方 夢の水底 わたしがあなたに贈るすべて 

 何も恐ろしいことはない あなたを脅かす何もかもは存在しない

 だからお眠り お眠りなさい――……


 室内は限りなく淡い光に満ちている。優しく、愛しく、母は歌い、子に微笑みかける。子は安らかに眠り、母の腕の中、小さくも確かな鼓動を響かせる。


それは何よりも美しく清らかな、母子の肖像であった。



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