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何が何でも絶対非を認めない、これが帝国皇女の心意気よ!!

火事場の後始末~

強い魔法を使った後は大変だわ☆

(by 亡霊姫★)

蜂起してからというもの、王妃は毎日のように報告を受けていた。

報告に来るのは大抵アーゼリット侯爵である。

拠点は王都にほど近い大都市で、秋に帝国から多大な恩恵を被った場所だった。


「ヴァルネート侯爵は、まだ来て下さらないのかしら」


「どうにも滞っているようです。文の返事も要領を得ないもので……」


「まあ。……どのような事情がおありなのかしらね。この時期王都に留まっても、危険なだけでしょうに」


「……どのようなことであろうとも、半端は毒でしかありません。

派閥の長として申し開きのしようもありませんが、暫しお待ち頂けますか」


「いえ、構いませんよ。……侯爵夫妻にも、やむにやまれぬ葛藤がおありなのでしょう」


アーゼリット侯爵に王母は優しく、慈悲深く微笑む。

一連の報告を終え、用事もあらかた済ませた後、王母は侍女の部屋を訪った。


「まあ、王妃陛下!ようこそお越し下さいました!」


部屋にいたエデルはぱっと顔を輝かせ、主人を迎えた。

それとは対照的に、隣にいたシルビアは顔を曇らせる。


「こんばんは。シルビア様、お加減はいかがかしら?」


「……お陰で大したこともなく、穏やかに過ごせております。

王妃陛下には感謝申し上げます」


「いえ、良いのですよ。エデルがお世話になったのですものね?」


「ええ、そうですわ!あの火事は本当に大変でしたけど、シルビアが助かって良かったって……」


エデルは手を打ち合わせて笑い、好奇心に光る目で王妃を覗き込んだ。


「ところで王妃陛下……レナート殿のところには、お行きにならないのですか?」


レナートはあの夜、燃え盛る王妃宮に真っ先に駆けつけて、そして大火傷を負った。

現在は帝国の医師の指示のもと、療養中である。


「行かなくてはと思っていますが、最近はどうにも多忙な日が多くて……

それにしても、そんなに気になりますか?」


「だって、私は確かに見ましたもの!

王妃陛下は彼を見て、とても驚いた、感じ入ったようなお顔をなさったでしょう?」


「……気づかれてしまいましたか」


確かに、そうだ。来るとは思っていた。その心づもりもしていた。


しかし実際に火事に駆けつけ、負傷した男を見て、王母は何とも言えない驚きと戸惑い、そして迷いを感じたのである。


その時のことを思い出す。

火事の最中に真っ先に駆けつけてきた男は、騎士たちに囲まれた王妃を見て、ふっと緊張を緩め、そしてそこに燃えた柱が崩れてきたのだった。


『あれこそ魔法よ♡妾の魔力は強いのよ♡だって海の底でお前の祖先への恨み辛みを何百年も――』


そう、あれは魔法だった。間違いはない。あの夜は全て、魔法に彩られていた。


無視しないでよ!と喚く亡霊姫を無視して、慈愛の微笑みで話を続ける。


「……彼には悪いことをしてしまいました。

早く起き上がれるようになれば良いのですが」


「ええ。あれから私も何度か見舞いに行きましたが、彼は寄ると触ると、それはもう頻繁に王妃陛下のことを口にするのですよ」


「……ええ、そうね。あの人は、仕える者に誠心を捧げた騎士でした。

多忙によりそのままにしてしまいましたが、お見舞いに行かなくてはね」


「はい、きっと喜ぶと思います!

ジディスレンにも真の騎士がいるものだと感じ入りましたわ!

勿論、王妃陛下の素晴らしさがあってのことですけれど……」


はしゃぐエデルとは対照的に、シルビアの顔は曇ったままだった。


彼女の場合、たまたま近場を通りすがったところに火災が発生したのだった。

レナートとほぼ同時に出くわしたシルビアも、今は王母の元にいる。

始めは怯えていたが、エデルが定期的に様子見に行っているため、何とか落ち着いて過ごせているようだ。


けれど、それとは別に、新たに彼女を悩ませるものが生じていた。


「……王妃陛下。数々のお心遣い、非常にかたじけなく存じます。

ただ、私は……このようなことを望んでいたのでは……」


何を言おうとしているのかはすぐに分かった。

沈みきった表情に細々した声は、明らかに弱りきっていた。

王母はその顔をじっと見つめて、「おかわいそうに。お心を痛めていらっしゃるのね」と憫笑した。


「わたくしとしても、想定外でした……これほど早く話が広がるなどと。

けれどもそれは、貴女の不遇に胸を痛めていた者が、それだけ多かったということです。

野火が広がるには、些細な火種と風向きがあれば充分なのですから」


ほんの一年前まで、腐敗を許さず悪を弾劾する、そして弱者に慈悲深い寵姫として名を馳せていた。

臣下との不義ですら魅力の一部、美しいロマンスとして賞美されていたというのに。


それが一転して、王を裏切り数多の人間を踏み躙って、生まれたばかりの赤子を母親共々殺そうとし、終いに国を傾けた毒婦に早変わりだ。

そんな毒婦を未だに支持する者もいるが、現在の風潮はそれを声高に叫びにくいものにしている。


それでも何度か思想を異にする者たちの乱闘もあったそうだが――正直王母にとっては、賤民の小競り合いなど知ったことではなかった。


「貴女の心身と今後を誰よりも案じていたのは、貴女のご実家でしょうけれど。

こうなるや、早々に忠誠を誓って下さいましたわ。

わたくしは必ずやシェルベット伯爵夫人に勝利し、その献身に報いるとお約束しましょう」


「……」


シルビアは打ち沈んだ顔のまま、何か言いたげにした。

だが、結局何を言わず口をつぐんだ。

王母はそれに微笑んで、手袋越しに静かにその手を撫でたのだった。


「ご安心なさって下さい。

現に、今までわたくしたちの邪魔する者は無かったでしょう。

民たちも、何が正義かを知っているのです」


王母は民に危害を加えることを禁じ、破る者は厳罰に処した。

懐妊発表後に各地にばら撒いた恩恵も効いた。

この街や周辺一帯の民衆で、少なくとも表立って王母を邪魔しようという者は殆どなかった。


加えて衰微していた神殿勢力も、ここぞとばかりに活動を再開させた。

王妃が火災を逃れたのは神の加護であると喧伝し、寵姫フィオラの邪悪さを触れ回っている。

 

「…………後は王都を手中に収めるのみです。

今度こそこの国は、正しい姿に立ち返るでしょう」


『気は抜かないようにねえクリス……最後の最後まで、何があるか分かんないもの♡』

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