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暗踊


   **

「さあて…こんなもんかな」

 体を起こしたモーガンは、咥えていたパイプを手に持ち、大きく息を吐いた。その足元には、青黒く光る長い物体が横たわっている。

「さあてロクサーヌ…俺のためにひと働きしてくれよ」

 冷たい体を撫でながら、暗闇のなかでモーガンはニヤリと笑った。


 


サン・ペドロス島は聖人の名前がつけられていることからも分かるように、新大陸発見の過程でスベリアが発見し、領有権を持つ数多い島のうちの一つだ。

 その大きくはない港には、スベリアの軍艦や商戦がひしめいている。

「どーした目を皿にして。絶世の美女でも歩いてたか」

 ロイヤル・ジェイムズ号の舷側から、しきりに港の様子を見回すオウディ・ドーリスにマッド・ホークスが声をかけた。

「いえ…」オウディは居並ぶ船を見つめた。

「スベリア艦隊のなかに…提督旗らしいものを掲げた艦が見当たらないので」

「提督旗?」つられてホークスも港を見回し

「そう言われりゃあ…天下のスベリア海軍の提督は海賊退治ごときに出てきたりしないんじゃないか」

「…そうですね」

 そのとき、二人の目の前でスベリアの船という船の旗が半旗にされた。オウディの背中に戦慄がはしる。ホークスが艦長室を見やり

「こりゃあさっき郵便船から受け取ったブツと関係あるかもしれないぞ」

 とたんに艦長室の扉が開き、副長のヴィルハルト・カリアスが「総員呼集!」と怒鳴った。号笛が吹かれ、一斉に騒がしくなった上甲板から港を見下ろしたホークスの目に、一人の黒髪の美女が背の高い男を従えて歩いてゆくのが見えた。

「…いよいよ慌ただしくなってきたな」

 ホークスはニヤリと笑うと、艦のすぐ側で釣りをしている男に小さく丸めた紙きれを放り投げた。男は何気なくそれを拾ってポケットに入れると、ちょっとだけ帽子に触れたが、すでに相手の姿は見えなかった。

「我らが提督によろしく」部下たちを指揮するふりをしながら、ホークスが独り言ちる。

 やがて全員が整列し終えた頃、スプリングス艦長が徐に現れ艦尾手すりの前に立った。艦長は部下たちを見渡し、例によって思いきり勿体つけてから厳かに告げた。

「いまより一週間前、我が国王陛下が崩御された」

 オウディにとって、いまほどエイレーネが遠くに感じられたことはなかった。


 

 小さなサン・ペドロス島の、広大な総督邸の一室に通されたエヴァは、その人物の姿を見つけると少女のように駆け寄った。

「お待たせしてしまって申し訳ございません。もっと早くに出立するつもりだったんですが」

「いや」スベリア海軍の軍服姿の男は穏やかに応じて

「おかげでグランド国王崩御の報せも受けることができた。トトもご苦労だったな」

 扉の前に立つトトが一礼する。

「港に着いたとたんに聞いて驚きました。それにこのタイミング…あの腹黒い占星術師がいままで隠していたんじゃないかと邪推してしまいましたわ」

「…公にするならもっといいタイミングがあっただろうな。それにもしかしたら、もう次の国王を掌中の駒にしているかもしれない…あのスターゲイザ―ならな」

「まあ怖い」エヴァは相手の椅子の肘掛けに座りながら

「でもグランド国王が扱いやすい小娘になることで皆喜んでいるなら結構なことね」

 男は苦笑し

「総督殿は露骨に喜んでいらっしゃったよ。『これでグランドも我が属国同然』ってね」

「国王陛下もお喜びでしょうね」

 微笑むエヴァが胸元から紙きれを差し出す。香しい匂いのするそれを開く男の耳元で

「それがリストです…いかがです?」

 男の薄い唇が歪む。

「撒き餌にうまくむらがってくれたようだな。魚が逃げる危険は?」

「そこはキース船長がうまくやってくれると思います」

「そうか」立ち上がる相手にエヴァが残念そうに

「もうご出立ですか」

「いつでも出港の準備はできている。お前たちはここで休んでいろ」

「いえ、俺もお供を…」

「あら、私だって一緒に…」

 肩章の上にマントをはおる男は笑って

「トト、お前はこのお嬢さんを見張ってろ。この先は女には耐え難い」

「あら艦長」エヴァは男の腕にしがみつき

「あそこにはあのアン船長もいるのよ?」

 艦長の目が一瞬、過去をさまよったようにトトには見えた。だがすぐにエヴァの腕を優しくほどくと、その片目は穏やかに笑った。

「昔の友人と…こんなかたちで再会するのは辛いものだな」



 

 一本のろうそくが揺れている。

 微かな明かりのもとで、天球儀を弄ぶヘンリー・オッドラッドが呪文のように呟く。

「月が木星を隠すと…王が死ぬ」

 側で眠る黒猫の耳がピクリと動く。ヘンリーは満足げに黒猫の背を撫で

「お疲れ様です国王陛下…あなたは偉大な王ではなかったが…少なくとも、星の声には忠実な方でしたよ」

「もっとも」占星術師は黒猫の黄色い目に微笑む。

「地下でも安らかに眠れるかどうか分かりませんが…。あなたの国はこの先、騒がしいことになりそうですよ」

「まあ、とりあえずは」一本だけ灯されたろうそくが吹き消される。

「おやすみなさい」



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