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第9話 ルークという人

 あの地獄の夕食の時から、ルークはおかしくなった。

「あ、ルーク様! よろしければお紅茶を……」

 声をかけても、無視して逃げるように去ってしまう。

「ねえ、ここ、入りたいのですけれど……」

 ルークのかっこいい姿を見ようと訓練場に行き、入口に立つ騎士達にそう言っても、却下される。

「アナベル、ルーク様の調子はどう?」

 頼れるメイドのアナベルに質問してみる。

「いつも通りですよ。ええ、いつも通りです。それよりも、お紅茶はいかがですか?」

 このように、話をすり替えられてしまう。

 私が彼に何かをしたなら謝りたいのだけれど、誰も何も言ってくれない。姿を見掛けることさえ少なくなった。

「ファーフ、私、何かしてしまったのでしょうか……」

『そう気に病むでない。多分じゃが、大した問題ではない気がするからな』

 ファーフはいつものように励ましてくれているけれど、私からしたら大問題である。元気も出ないし、仕事とか魔法とかの事なんて頭に入らない。思春期だから、余計思い悩んでしまう。

「もしかして、私をこの屋敷から追放してしまうのでしょうか……!」

『な、なんじゃと! それはいかんな! よし任せよ、洗脳してくる!』

「そ、それはいけません!」

 それにしても、一体どうして?

 少しでいいから話す時間が欲しいのだけれど、もうかれこれ五日も会っていない。五日も、会えていない。

「私、やっぱり嫌われているんです。振り向かせようと思って行動したのは、間違いだったんですよ……」

 自室にて、一人の空間が、余計寂しさを募らせる。外も雨で、気を紛らわせるための魔法の練習もできない。今の心境といえば、まるで地球の嫌われ者になったかのような気分だった。

「お、お嬢様。大丈夫、ですか?」

 しばらくして、三度ノックされたドア越しから、アナベルの声がした。

『メソメソするでない。アナベルも来てくれておる。一度奴と話してみればよいではないか。それとも、ワシが代わろうか?』

「……いえ、ありがとうございます。ファーフ。やっぱり、ちゃんと話を聞かなくちゃね」

 深く深呼吸をし、精神を整える。

 それで、立派なドアを力強く押し、ティーセットを持って佇むアナベルの顔を見る。

「よろしければ、お紅茶はいかがですか?」

 何事も無いかのように微笑みを浮かべながら、彼女は私にそう問いかけた。もちろん、答えとしては一択である。

「ええ、ありがとう。頂くわね」




 他愛ない会話をアナベルと交わし、私はついに本題に突入する。

「ねえ、アナベル。私、ルーク様に嫌われちゃったのかな……」

「い、いえ! 旦那様は、その、なんて言いますか……」

 何かを濁すように、もごもごと話すアナベル。彼女の翡翠色の瞳は泳ぎ、分かってはいたが、何か後ろめたい事があるのは明らかだった。そこを突いて、真実を吐かせよう。

「ここ最近、彼は私に姿を見せません。話し掛けても、逃げられてしまいます。やっぱり、私なんて居ない方が──」

「お、奥様! それは違います! 旦那様は、その、その……」

 私の言葉を遮ってまで否定したアナベル。それでも、何がいけないのかは教えてくれないらしい。

『焦れったいのう、とっとと話せば良いものを。それほどまでに貴様の事が嫌いなのじゃな』

 ファーフの言葉は胸にチクチク刺さる。やめてよ、泣きそうです。

「奥様。本当に申し訳ないのですが、私の口からは言えません。ただ、旦那様は奥様の事を大切に思っていらっしゃいます。それは本当の本当です!」

 私の誤った考えを、必死に正そうとしてくれるアナベル。喜びや安堵の感情の波が押し寄せ、洪水が起きてしまいそうだ。

『……ほほう。なんじゃ、奴は照れておったんか』

 ファーフは察し、なんだかつまらなさそうに自分の見解を述べた。

 彼に対する行動は、何も間違っていなかったんだと言われているよう。嫌われていないのだとしたら、もう私はそれで良い。良好な関係を築き上げることが出来るのなら、それで良い。それ以上だと、彼に迷惑がかかってしまうから。

「……ありがとう、アナベル。私、嫌われてなかったんだ」

 まだ温もりがある紅茶が入ったカップに、緊張によって冷えた指先たちを当てる。でもやっぱり人肌には敵わなくて、心の温度は低いままだった。

「クロエ様。まだ十五歳という若さで家を出て、知らない人と過ごすというのは、そう簡単なことではありません。それでもあなた様は、三ヶ月間必死に努力しているのを私達メイドは知っています。ですからどうか、私達を頼ってください」

 アナベルは、私の目を見てそう語った。年上の彼女の口から放たれる言葉は、全てが優しさに溢れていた。どんな私も包み込んでくれる、姉のような。

「この件に関しては、旦那様から強く押されて何も言えませんが、どうかご心配なさらずに、ね」

 アナベルは続けてそう言った。前世でも彼女にお世話になったが、今世ではお世話になってばかりになりそうだ。

『よかったではないか! ふぅ、これでこの屋敷を去るなんて事はなくなったな!』

 ファーフ、場違いな事を言わないでください。

「アナベル、ありがとう。私はいつも、あなたに迷惑かけてばかりね」

「いつも? 迷惑?」

 なんの事やらさっぱりわからない、と言いたげな顔をしたアナベル。私はそんな彼女を、とても信頼している。

 四月の終わり。

 春の風が、喜びを乗せて飛んでゆく。

 暖かい太陽の陽は、雨雲を退けさせ、幸せを届ける。

 今はまだ、悲しまなくても良い頃だ。

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