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P.1



 その赤い林檎になりたい。

 彼女の薄い唇に触れ、色をつけるその実になりたい。



 うだるような夏の夜、気温よりも熱い眼差しで見つめてしまう。熱で溶け、下唇に溢れた飴を舐めとる仕草。露店の灯りに照らされ、反射する艶やかな飴を一口、かじっては舐める。時折見える舌先も同じように赤く染まって、より魅力的に私を誘う。


 こんなことを考えているなんて知られたら、嫌われてしまうだろうか。それ以上に、もうこうして隣で歩くことも許されないかもしれない。今日、一緒にいられるのだって、私が……。



「やっぱり来てよかった。誘ってくれてありがとう」

「たこ焼きとかかき氷とか、まとめて食べられるし、この時期じゃないとやってないからもったいないと思って」

「どうしようか迷っていたくせに、行くって決めたらしっかり浴衣も着てきてしまった」

 そう言って頬をかく、藍色に百合の花が散らされたシックな装いに身を包んだ彼女は、良い意味で浮いていた。


 待ち合わせの鳥居の前に着いた時、美しく凛と立つ姿に、服装は違えど彼女であるとすぐにわかったが、周囲の視線を集めていることなど気にもしていないようで、すでに林檎飴を片手にしているさまに、私の顔は緩んだ。


 苦笑いをしながら、久しぶりに着たから着付け崩れてるかも、と帯に触れる。大丈夫、ちゃんと綺麗だよ。そんな言葉を飲み込んだ。何となく、何となく今の私には言えなかった。



 髪を結い上げたいつもと違う彼女の隣を、いつもの距離で歩く。肩があたるかあたらないかの、私に許された一番近い距離。普段なら見えないうなじのほくろにどきりとしても、それに触れてはいけない。そこまでは許されていない。近くて苦しいこの関係が、私に与えられた幸福であり、呵責なのだろう。



「何食べようか」

 目的としていたたこ焼きとかき氷を確保した後、焼きそばと冷凍パインも食べたいと言い出した彼女に先導され、両手いっぱいに戦利品を抱えた私たちは今しがたそれらを食べ終えたはずなのに、まだ彼女の胃は満たされていないらしい。

 新しい露店を求め、ふたたび歩き出す彼女に、まだ食べるの?と問いつつ、楽しそうなその姿が嬉しい。ずっと、こうして隣で見ていられたら。それなら、私はこのままでも良い、そう思えた。



「冷やし飴のお店があるみたい、ほら」

 ひとしきり境内を周り、めぼしい物を探す。すると、まだ通っていなかった隅の道に気になる露店を見つけたらしい彼女は、弾んだ声をあげると足早に進みだした。


「冷やし飴って、さっき林檎飴も食べてたじゃ…」

 追いかけようとした私の足がとまった。見覚えのある背中が、心臓にちくりと何かを刺す。

「どうしたの?」

 ついてこない私を不思議に思ったのか、彼女も足をとめる。

「あんまり、好きじゃないんだよね。だから他のものがいいな」

 努めて自然に。普通に。ここを離れる口実を作った。彼女が気づかないようにと願いながら。

「そっか。なら向こうの…」

「あれ、来てたの?」

 踵を返した私たちの背後から飛んできた声に、嫌な汗がつたった。


 振り返ると、当たってほしくない予想通りのその人がいて、ますます汗が滲む。

「そっちこそ」

 来てたんだ、と私に反して嬉しそうな彼女の反応は仕方のないことだ。誘うに誘えず、来ることを一度は諦めてしまった原因である人物なのだから。

「誰かと一緒?」

 恐る恐る彼女がたずねる。

「みんなと来てたんだけど、はぐれちゃって」

 とりあえず周っていれば会えるかと思って適当に一人で遊んでた、と頭をかきながら彼は返す。


 この場の空気に耐えられない。少し前の、あの心地良い時間に戻りたい。頬を染める彼女も、照れくさそうに視線を泳がせる彼も見ていたくない。


「おーい、兄ちゃん。お待たせ」

 少しの沈黙の中に、露店の店主の声が割って入った。彼は名残惜しげに、じゃあ、と言うと店のほうへ戻っていったが、それを追う彼女の瞳も同じ気持ちを物語っていることに私は気づいていた。


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