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悲観主義者でも空は青い  作者: 無知無知
一章
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招かれざる客(姉)その二

「よ、よろしくね。唯ちゃん」

「…ど、どうも」

 家に上がり込んできた闖入者の名前は黒羽美月というらしい。翼の姉だそうだ。兄弟がいるなんて聞いてなかったしいきなり翼を殴ったものだからてっきり強盗かなにかと思った。

 顔を伏せながらそっと女性の顔を覗き込む。なにやら落ち着いた年上であることをアピールしようと澄ました顔をしているが先ほどの暴れようとあの汚い言葉遣いは今更なにをやっても忘れられない。

 テーブルを囲んで三人で話している。家族会議みたいでなんだか居心地が悪い。経験したことはないけれど。

「…唯ちゃんのことを見つけたっていう話は聞いてたんだけど、記憶喪失だっていうこともここに住んでるって言うこともなんにも聞かされてなかったんだ」

 そう言って美月は翼に目配せする。彼は気まずそうに顔を逸らした。二人の上下関係はなんとなく理解した。

「記憶喪失っていうことは…私のことも覚えていない感じ?」

「…酷いですよね、ごめんなさい」

 過去の私は翼と仲が良かったみたいだから、当然その姉であるこの女性、美月とも面識があったのだろう。やっぱり面と向かって相手のことを「覚えていない」というのは気が重い。

「そんなことは気にしなくていいよ。アナタのせいじゃないんだから。それに私達…」

 美月は顔を俯かせた。けれどすぐに顔を上げて笑みを見せる。

「ううん。なんでもない」 

 何か隠していることは気づいたがあえて追及はしなかった。触れられたくないことの一つや二つ誰にでもある。私に関して言えば十や二十では済まないくらいに沢山。

「で、でも流石に一緒に住むって言うのはどうかな?お母さんはこのこと知ってるの?」

 お母さん、母、母親、やっぱりその単語が出てきた。そのことは聞かれると覚悟していたつもりだけど、実際にその言葉の響きを聞くと胸がどうしようもなくざわつく。

「美月…それは…」

「…家出したんです。母とは今連絡をとってません」

 私を気遣う彼の言葉を遮る。厚意は嬉しいが庇われるのは。

「家出って…そんな大袈裟な…ちょっと喧嘩しただけでしょ。私も経験あるけど日付が変わるまでには」

「…そういうのじゃないんです。言葉通りの家出。一ヶ月以上帰ってません」

「え?…そんな…」

 なにかを言おうとしたみたいだがすぐに黙り込んだ。心から動揺していることが直感的に分かった。人がいいのだろう。あの翼の姉なのだから当然か。

「他に頼れる人もいなくて街中をうろついてた時、翼…君に助けてもらったんです。」

 かなり端折った説明だが仕方ない。全部説明するのにはあまりにも時間がかかるし、話したくもなかった。

「だからさっきアナタが言ったように、その…翼君になにかされたりとかはしてないですし、恋人でもなんでもないんです。ただ面倒を見てもらっているだけ。…迷惑でしたら…すぐに出ていきますから…」

「いや全然!そんなことないよ!!好きなだけいてくれていいから!きっとウチの母さんも反対しないだろうし!!」

 いい人だから、同情を誘うようなことを言えば断れないって分かっていた。そして想像通り彼女は首を縦に振った。こんな小賢しい計算をしているなんてきっと考えてもいないんだろう。やっぱり私はどうしようもない人間だ。

「あ、家事全般はコイツにやらせとけばいいから、どうせ趣味もない悲しい男なんだから遠慮する必要はないわ」

「前半は分かるけど、後半何言ってんだアンタ」

 私に対しては使わない乱暴な言葉遣い、呆れたような顔。けれどそれが長い時間の中で培われた信頼によるものであることは私にも分かる。互いに遠慮のいらない仲なのだろう。私にも記憶があったら彼はこういう風に接してくれたのだろうか。

「しっかし可愛くなったね。昔から綺麗だったけれどここまでとは…」

「ふぇ!?かわ…」

 フムフムと頷きながら私の顔をじっと覗き込む。あまり熱心なものだから恥ずかしくなってしまう。

 同性に容姿を褒められたことは何度かあったが、いつも後ろに嫌な言葉がついていた。『可愛い“けど”暗い』、『綺麗“だけど”何考えてるのか分からない』。けれど、この人の言葉にはそんな但し書きがなかった。素直に嬉しい。

「……どうも…」

「うーん、でも髪がちょっとね。枝毛いっぱいあるし目にかかってるし、パッツンになってるところもあるし」

「…うっ」

 褒められて内心調子づいていたところを一気に叩き落とされた。初対面なのに割とズバズバ切り込んでくる。

「唯ちゃんどこで髪切ってるの?千円カットでもそんなに酷くならないと思うんだけど…」

「アンタ少しは遠慮ってものをな…」

「…自分で切ってます」

「え?デジマ?」

「そのネタ古すぎないか…?」

 あんぐりと翼姉は口を開ける。そんなに驚くことなのだろうか。

「…だって美容院とか床屋って怖くないですか。刃物持った知らない人間に無防備な姿晒すんですよ」

 正直あんなところに行く人間の気が知れない。高い金を払ってなぜ危険な目に遭いたがるのだろうか。

「ユニークな発想だね…」

「そんなこと思い付く唯ちゃんの方が怖いかな」

 兄妹は二人そろって苦笑いした。その表情はやはりどことなく似ていて二人の血がつながっていることを意識させられる。

「…よし!じゃあせっかくだし美容院行こうか!」

 美月は弾けるような笑顔とともに思いがけない提案をした。美容院、美容院ナンデ

「…え?」

「は!?」

「唯ちゃん今のままでも綺麗だけど少し磨けばもっと上を目指せる逸材だと私は睨んでるわ」

「アンタはモデルのスカウトか?」

「もちろんその後のこともちゃんと考えてます。お昼食べて、動物園行って…」

 翼の突っ込みを無視し、目を瞑りながら愉快そうに早口でまくし立てる。薄々分かってはいたがこの人押しが強い。

「また唐突な…」

「唯ちゃんとはこれが初対面になるんだし、互いを知るためにも一緒に出掛けるのは悪くない選択肢だと思わない?」

「…本当は遊びたいだけだろ?」

「はいはい、口答え禁止!三十秒で支度して」

 美月はハリーハリーと叫びながら私たちを急かす。やれやれとため息をつきながら翼が席を立ち、服を取りに部屋に戻っていったが、よく見ると口許を緩ませているのが分かる。なんだかんだ言いながらも姉のことが好きなのだろう。

 私とて慌ただしい朝は好きではないが、私も美月のことを知りたいというのは同じだ。煩わしさよりも好奇心の方が大きかった。

 それに遊びに誘われることなんて滅多になかったから嬉しかった。

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