無自覚男子は確かめる
由佳とバスケをした帰り。
「まったく……由佳の成長には本当に驚かされるというか……」
日が暮れた駅の商店街を歩きながら、俺は先ほどまで会っていた由佳のことを思い出す。
自分の強みを理解して、攻撃のパターンを増やす。
守備はもちろん身長差である程度カバーできているけれど、段々本当に由佳のオフェンスを止めることができなくなってきた。
「……」
……そしてそれは、バスケのオフェンスだけに限らず。
由佳に見事に敗北して、そのあと要求されたご褒美の内容を思い出してしまう。
どう考えても不健全すぎるだろこの関係。
最近の中学生は(以下略
由佳にも伝えたけれど、意識しないなんて無理だ。
前までならともかく、あれだけ熱烈に求められてから意識しないと言うのは強がりにしかならない。
……現段階であんなに可愛い由佳が高校生とかになったらどうなってしまうのだろうか……。
というのは置いておいて。
俺は、コートのポケットからスマホを取り出して、連絡用のSNSを開く。
《岡野》『先に着いたので、入ってます』
岡野さん……が俺のバイト先であるバーに来て、連絡先を渡されてから一週間。
俺は改めて岡野さんと会って話すことになっていた。
この一週間、星良さんをはじめ、汐里ちゃんにも、そして恋海やみずほとも話をしながら、自分なりに考えてきた。
『好き』という気持ちに関して。
自分は今まで誰にでも優しくあることが当たり前で、それを恋愛感情とは結びつけていなかったから。
自分の中で『好き』がどういう気持ちなのかわからなかった。
でも、ようやく、少しわかった気がするから。
ちゃんと、岡野さんとも向き合えると思った。
ということで、今日は大学最寄り駅の近くにある喫茶店にて、岡野さんと話す流れになっている。
恋海とみずほには『大丈夫?!ついていこうか?!変なことされるかもしれないよね?!』『いつでも出ていけるところで待機してようか!?』と相当な心配をしていたのでいらないです、と伝えたけれど。
目的地に着いた。
チェーン店の中ではかなり落ち着いた雰囲気の喫茶店。
店内に入って少し見渡すと、岡野さんの姿を見つけることができた。
歩いて、岡野さんのいる2人席へと向かう。
「え~っと、改めて、お久しぶりです」
「そうだね、久しぶり」
黒髪ショートの、クールな出で立ち。
性格はクールというわけではないんだけれど、見た目はだいぶ奇麗系に寄っていて。
高校生のころから変わらない。
確か前の世界では、男子からの人気も高かった。
……ただ、それはあくまで、前の世界の話。
正直、この世界の俺が、彼女とどんな付き合い方をして……どんな別れ方をしたのか、俺は知らない。
だから、自分の中の記憶で、彼女のことは測れない。
俺は岡野さんの前の席にコートを掛けて、椅子に座る。
「あんなところで働いているなんて思わなかったから、驚いたよ」
「えっとそれはね、保護者になってくれた人があそこのオーナーで、面倒みてもらう代わりに働かせてもらってるんだよね」
「……絶対そんなのやめた方が良いよ」
岡野さんは暗い表情で、俺にそう言ってきた。
けれど、俺の中の答えは変わらない。
「働いているのも良い人達だから、大丈夫だよ。俺自身も楽しんでるし」
「た、楽しんでるって……」
嘘はない。
なんだかんだ言って、あの仕事は好きなのだ。周りの人たちにも、恵まれているし。
嫌々やっているなんて言ったら、そっちの方がよっぽど嘘になる。
店員さんにアイスコーヒーを頼んでから、改めて相対する。
岡野さんは諦めたように俺と目を合わせた。
「それで、考えてもらえた?」
「……そうだね、たくさんいろいろ、考えたよ」
自分の中の感情と向き合った一週間だった。
改めて自分と見つめ合うのには、良い時間だったと思う。
そうして、出した答え。
俺は、頭を下げた。
「ごめんなさい、俺は岡野さんともう一度付き合うことはできない」
「……なんで?」
「……それは」
どこまで話すか悩んだ。
けれど、変に転移の話とかしても、変な奴だと思われるだろうから。
「俺は改めて、人を好きになるってことが分かった気がするから。好きじゃない人と、付き合う事はできない、かな」
今の自分の気持ちを、素直に伝えた。
以前とは違う。好きになれるかもという中途半端な気持ちで付き合うこともしない。
まっすぐに向き合うべき感情があるから。
「でも、また好きになってもらえる可能性はあるよね?」
「え?」
「だって、前は付き合ってたんだし。だから、良いでしょ?私別に他の人と付き合ってても気にしないよ。それこそ大学で会ったあの子たちと付き合うって言っても良いから」
早口でまくしたててくる岡野さんの言葉に……俺は正直、良い気持ちはしなかった。
「別に良いじゃん一人くらい増えたって。あ、でも私バーで会ったあの人は嫌かも。まさと君もあの人は金づる的な感じで――」
「もう、良いよ」
少し大きな声が出て、アイスコーヒーを持ってきてくれた店員さんをびっくりさせてしまった。
「ごめんなさい」と謝って、コーヒーの入ったマグカップを置いてもらう。
俺は強く岡野さんの言葉を、止めた。
もうこれ以上、会話する必要が無いと思ったから。
「もう、大丈夫だから、貴方と付き合うことはないので、帰ってもらえますか」
「な、なんで?私割と可愛いほうだと――」
「そういうことじゃ、ないんだよ」
目を閉じて、怒りを飲み込む。
あまりにも、あまりにも違った。
勇気を出して、気持ちを伝えてくれた彼女たちと。
こんなにも違うのかと、思うほどに。
「以前のことは、ごめん。俺と君の間に、正確に何があったか、正直……覚えてないんだ。だからどんな別れ方をしたのかもわからないんだけど」
焦ったような表情の、岡野さんを見た。
「今、俺にとって大切な人たちを、そんな軽んじた発言をするような人と、俺が付き合うことは絶対にないんだよ」
「……っ!」
顔を赤くした岡野さんが、席を立った。
「なにそれ、せっかく遠くまで会いに来たのに。知らない。好きにすれば。よく考えたら私もあんな所で働いているような人と付き合いたくないし。さようなら」
ばん、と席に1000円札だけを置いて、岡野さんが上着を手にもって店を出ていく。
……はぁ、なんというか、嵐みたいな人だったな。
机の上でまだ水面が揺れいている、コーヒーカップを眺める。
正直、岡野さんの言葉には腹が立ったけど……これは良い経験だったかもしれない。
自分が、誰でも良いなんて絶対に思わないこと。
嫌な人には、ちゃんと嫌だと思えること。
至極、当然のことのように思えて、「誰にでも優しく」という自分の胸に刻み込まれたその感覚は、必ずしも、絶対ではないことが分かったから。
……と、そんなことを思っていたその時。
「……殺す」
「すとーーっぷ!ダメダメ恋海女の子がしちゃいけない目してるよー!!バレちゃう!バレちゃうから!」
……妙に聞き覚えのある声が、隣からしてきて。
ため息をついて……まあそれは、少し、あたたかな気持ちの、ため息ではあったけれど。
仕切りを挟んだ隣の席を覗き込んだ。
「「あ」」
するとそこには、推測通りの、亜麻色ショートボブと、黒とピンクのツインテール。
申し訳程度に、帽子とサングラスのしょぼい変装をしている二人。
「あの~~~~~」
「ナンデショウカ」
「ワタシタタチニナニカヨウデスカ」
「無理あるだろ」
申し訳なさそうに帽子をとった、恋海とみずほ。
「こ、これはですね、ど、どーーーーしても恋海が気になるっていうから」
「あ、ひどい!みずほだってノリノリだったくせに!」
一体どこから聞いていたのやら……まあ、最初からいたと思う方が自然かもしれない。
「まあ、もういいよ。心配してくれたんでしょ?」
「そりゃーもう!いつでも助けに行けるようにしないとと思って」
「そんな物騒な……」
まぁでも、2人にもバーに岡野さんが来たことは伝えてあったし、ちょっと強引な人なのは分かっていただろうから。
心配してくれてたというのは本当なのだろう。
「あの女本当に……」
「すてーい、恋海ちゃんすてーいですよ」
「あはは……」
恋海から黒いオーラが出ている。
思わず苦笑いしながら、しかしてこれも俺のことを想うが故だと思うと、恥ずかしくもあり。
「それでそれで将人殿」
「?」
にしし、と笑ったみずほが、上目遣いでこちらを見てくる。
「『大切な人たち』に、私たちは含まれてるってことで、良いんですかな?」
「……っ」
……ばっちり、聞かれてたみたいですね……。
「そりゃ、そうだよ」
「それはなによりです!」
屈託なく笑う2人。
本当に、魅力的な子達だ。
だからこそ、本気で向き合わなきゃいけない。
酷いことは言われてしまったけれど、今回の件で、気づけたことがあった。
やっぱり、俺の中で5人が特別であること。
今回の件は論外ではあるけれど、誰にでも優しくという気持ちから、俺は「誰でもこんな風に好きになれるんじゃないか」という怖さがあった。
でも、それは違うと明確に分かったから。
彼女たちだけだと、わかったから。
俺には、3月までにやらなきゃいけないことがある。
「だから、さ」
「?」
俺の言葉に、今度は恋海とみずほが首を傾げた。
俺は意を決して、2人に告げる。
「俺と、デートしてほしいんだ」
恋海とみずほが、同時に目を丸くする。
これは、必要な事。
『好き』が少しだけ分かった今、全員と、もう一度向き合おう。
その上で俺が、彼女たちに答えを出すために。




