文学少女JKは諭す
冬休みが終わり、3学期が始まった。
外の冷たい空気が少しだけ入り込んできているような、そんな教室でのお昼休み。
「え、それマジ?」
「そーなのよ、めっちゃ萎えた~」
寒さからか制服のスカートの中に体育着のジャージを着込んだ友人のまなが、机に突っ伏しながら萎えていた。
話によると、まなが狙っていたバイト先の先輩に彼女がいたらしい、ということで。
「ま~まなから聞いてる限りの話だとそりゃいるだろうな、という感想しか出てこないけども」
「そうだねえ」
三秋のもらした感想に、私も同意する。
まなが働いているのはカフェで、相手はどうやら大学1年生らしく。
見た目も見せてもらったけど確かにカッコ良いし、結構気遣いもできるらしい。
まあ、将人様ほどではないだろうけど。
と、急に手の甲をまなにツネられる。
「いたっ?!なに!?」
「いやなんか汐里がニヤニヤして失礼なこと考えてそうだったから」
「エスパーかよ」
根拠があるのが嫌らしい。
まあ実際考えてたから否定はできないですけどお~?
「ま~じショックだわあ。これからバイトでどんな顔して話せば……」
「いや別にそのままで良いだろそれは」
再び机に突っ伏してしまったまなを見ながら、確かに、と思う。
私がもし将人様に出会ったときに既に将人様に彼女がいたら、似たようなことになっていたとは思うから。
いや、下手したらもっとひどいことになっているかもしれない。
と、そこで購買で買ったコッペパンを一口かじっていた三秋が口を開く。
「でも別に諦める必要もなくない?」
「え?」
きょとん、としたまなが、机に突っ伏した状態のまま、三秋の方に顔を向けた。
まなだけじゃない。私と初美の視線も、自然と三秋の方へ向く。
「いや、だって今なんか一夫多妻制が導入されるかもみたいな話出ててさ、ただでさえ男の数減っていってるんだから、別に無理して諦める必要なくない?」
「そう、なのか?」
「まあ、他の女いる男が無理って言うならまあ諦めれば良いと思うけど。マジで諦めたくないなら全然挑戦する価値はあると思うけどね」
三秋の言う通り、昨今は一夫多妻制を国が正式に認めるかもという声が多く上がっているし。
そうでなくても、もう既に事実上一夫多妻のような関係になっている人も多いと言う。
「ただでさえ良い男なんて少ないのに、次いつ出会えるんですかって話でしょ」
「それはマジでそう」
それに、と三秋がこちらを向いてきて。
「で、今まさに何人も女がいるであろう王子様のおこぼれを拾いに行っている友達もいるわけで」
「そっか……」
「良い話に見せかけて私を話のオチに使うのやめれる?」
ははは、と笑い声が響く。
ちょっと暗い表情が目立っていたまなが笑顔になってくれたからそれはまあ良いか、と思いつつ。
もうほぼほぼ空になった弁当箱に視線を落とす。
将人さんはどう考えているのだろうか。
もし複数人とお付き合いをすることを考えてくれるのなら、私にもチャンスがあるかもしれない。
ミジンコ以下だと思っていたお付き合いができる確率は、ほんの少しだけ上昇するだろう。
……けれど、真面目な将人様のことだ。
誰か1人を愛さなきゃとか考えていてもおかしくない。
そうなってしまった場合は……私に勝ち目なんてないだろう。
「汐里どうした、昼休みもう終わるぞ~」
「あ、うん」
急いで、最後の卵焼きを口に放り込む。
いつもお母さんの作る料理は美味しいのだけれど。
なんだか今日の味付けは、ちょっと薄いような気がした。
土曜日。
「こんにちは、将人さん」
「うん、こんにちは」
いつものように将人さんが家庭教師にやってきた。
……正直将人さんがこの部屋に来るたびに押し倒したくなる衝動に駆られてはいるんだけど、そんなこと毎回やってたら本当に家庭教師来てくれなくなってしまうので鋼の理性で我慢している。
偉すぎるな私……。
「まだちょっと時間早いし、雑談でもしようか」
「やったぜ」
時計を見れば予定の15時からは10分ほど早い。
いつも将人さんはこのくらいの時間に来てくれるから、少しだけ勉強を始める前に時間が生まれる。
この他愛のない会話をする時間が、私はとても好きだった。
今日はなんの話をしようか、貸してた漫画の話でも良いな。
最近見つけた面白いアニメの話でも良いな。
と、そこまで思考を巡らせてから。
いつも私の話ばっかりしてしまっているな、と思って。
「将人さんは、最近なんかありましたか?」
「俺?」
たまには将人さんに話を振ってみよう。
将人さんは聞き上手だから、いつも私は自分の話をたくさんしてしまうから、将人さんについて知らないことが多すぎる。
すると将人さんは、顎に手を当てて少し考える仕草をした後。
「汐里ちゃんにとって好きってどういう感情?」
「へあっ?!」
なんか急にとんでもねー話がぶっ飛んできた。
「ななななななんですか?好きですけど??めちゃくちゃ将人さんのこと好きですけどなにか文句ありますか???」
「なんで急に喧嘩腰なのかわからないけど……ありがとう、でもごめんごめん、そういうことじゃなくて」
勢い余って追い告白しちゃった私は何も悪くない。追い告白ってなんだ?
ちょっと頬を赤くした将人さんは困ったように笑った後。
「いや、実はこの前元カノがバイト先に急に来てさ、『もう一回やり直さない?』って言われたんだよね」
「うんうん多いな情報量が。一回座りましょっか」
なんて????
内心冷や汗をだらだらとかきながら、将人さんを椅子へと誘導する。
「も、元カノ……?」
「うん、まあ本当に付き合ったか付き合ってないか怪しいくらいなんだけどね?そんな人から言われてさ……」
将人さんに元カノがいたというだけでだいぶ吐きそうなくらい情緒が不安定なんだけど、まあそれくらいいてもおかしくはなくて。
それで今その元カノに復縁を持ちかけられていると……。
え。全然ただ事じゃないし勉強なんかしてる場合じゃないが???
「それで、今度改めて会うことにはなってるんだけど、いまだに自分の気持ちの整理がちゃんとできてないというか……」
「そ、そういうことですか……」
それ将人様ちゅきちゅきだいちゅきな私に聞くう?!
という感情は一旦おいておいて。将人様はこういった感情に慣れていないピュアな方なのだ。仕方ない。
私みたいな泥まみれ女とは違うってワケ。
深呼吸をして、ちゃんと考える。
相談してくれた以上は、誠意をもって答えたいし。
「えっと、将人様はその元カノさんのことを思い出すこととか、一緒にいた時楽しかったなあ~みたいなこと考えたことはありましたか?」
「……ない、かな」
「実際に久しぶりに会ってみて、ドキドキしたりとか、可愛いな、って思ったりとか、そういうことはありましたか?」
「それもない、かな?」
その答えを聞いて、私はうんうん、と頷きながらサムズアップ。
「じゃあ好きじゃないですね、断りましょう」
「ええ?!」
誠意をもって答えようと思った結果だから。これ自分のためとかじゃないから。
誰に言い訳をしているんだ私は。
「まあ、真面目な話、そこまではっきりわかってるなら、迷う必要もないと思いますよ?」
「そう……なのかなあ」
いまだに少し悩んでいそうな将人さんをみて……ふと、思ったことがあったので。
口を開こうとして――閉じた。
今から言おうとしていることを、将人さんに伝えて良いものか、と一瞬悩む。
それは、私にとっても不利益になるかもしれないと思ったから。
……けど、結局私はもう一度口を開いた。
「将人さんが今迷っているのは、もしかして、その元カノさんに対して『可哀想かも』と思っているからではありませんか?」
「……!」
少し驚いたような将人さんの表情。
それを見てやっぱり、とは思いつつ、続けることにする。
「仮に将人さんが可哀想だと思って関係を続けたとしても、それは相手にとってプラスにはならないと、私は思います」
「……そうだね」
将人さんは少し、優しすぎる。
もっと自分の気持ちにわがままになったって良いのだ。
……それに。
「それに、全然ドキドキしたりとか、可愛いなって思わなかったんですよね?」
「それはそうだね?」
「じゃ、じゃあ、私の方が、その……良くない、ですか」
自信満々に言おうと思ったのに、結局尻すぼみになってしまった。
陰キャの限界は、あります。
すると、将人さんは顔を赤くしていて。
「……そりゃ、汐里ちゃんの方が、可愛いとは思っちゃうけど」
「あ~~~~ちょっとそこに寝っ転がってもらって良いですか?」
「だからダメだって!!ほら!時間になったから!勉強!!しましょう!!」
「え~!!!」
一瞬にして私の鋼の理性(笑)は砕け散ったものの、将人さんに強制的に椅子に座らせてしまう。
しぶしぶ参考書を出す私に対して、将人さんは少し息を吐いてから。
「でも……ありがとうね。すごく、参考になったよ」
「それなら……良かったです」
少しの沈黙。
勉強の準備を整えながら……。
本当にこれでよかったのかと自問自答する。
本当にどうしようもないクズで陰キャな私は、ちょっとだけ、『可哀想だな』と将人様に思ってもらうことを期待していたから。
付き合えないけど『可哀想だから家庭教師だけは』とか。
『可哀想だから汐里ちゃんも付き合ってあげよう』とか。
そんなあり得たかもしれないルートを自分で消してしまったような気もしていて。
……でも。
「……ん?どしたの?」
「……なんでもないです。やりましょうか、勉強」
「そうだね!」
私も、哀れみや情けで付き合って欲しいかと言われると……いや付き合って欲しいけど。
それならいっそ、フられた上で。
勉強ちゃんとして、大学将人さんと同じところに受かって。
もう一度改めて、チャレンジしてみるのもありかななんて。
ちょっとカッコつけるようなことを、思ってしまうのでした。




