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ツンデレ系OLは楽しむ

「はぁ……」


 職場のお昼休憩。

 オフィスの近くに備え付けられた休憩スペースで、春雨スープのカップを握りしめた私は途方に暮れていた。


 将人から「3月までに答えを出す」と言われてからというもの、またしても私の情緒は非常に不安定なものになってしまっていて。

 

 切り替えよう、とは思っても、なかなかできるものではない。 

 残り3ヶ月。そもそも私が会えるのは基本1週間に1回だけ。

 あと10回かそこらでしか、将人に会えない。


 窓の外を見る。

 私の気持ちとは裏腹に、今日は気持ちが良いくらいの快晴だ。


 ……3月を過ぎたらどうなるのだろう。

 将人はバーでは働き続けると言ってくれた。

 けれど、彼女がいるのを知った状態で通い続けることが果たしてできるだろうか?

 むしろ、将人はよくても彼女側がバーで働いてほしくないと言ったら?

  

 ……嫌な想像は止まらなかった。

 

 「せーいーら!」

 「いたっ」


 ぽこん、と柔らかい何かで頭部を叩かれて、振り向く。

 そこには、同じ職場の先輩であるみきさんが立っていた。


 「まーた暗い顔してるじゃない。どしたの?」

 「あ、いや……」


 みきさんは私を『Festa』に連れて行ってくれた張本人だ。

 将人と会えたのもみきさんのおかげだし、意味の無い日常を変えてくれたのもみきさん。

 だからこそ……あの頃に戻ってしまうのが嫌で。


 「え、ちょ、急に泣かないでよ?!」

 「あれ、ごめんなさい、ちょっと、本当に違くて」


 どうやらいつの間にか、涙が溢れてしまっていたらしい。

 最近は将人のことを考えるといつもこうだ。


 みきさんは資料を丸めて筒状にしていた手を離して、ポケットからハンカチを取り出してくれる。

 ありがたく、それを受け取って。

 

 「実は……まさとが、その、3月でお店を辞めちゃうかもしれなくて」

 「え、そうなの?」

 「えっと、確実にそうというわけではないんですが、その確率が高いと言いますか……」


 みきさんは私の隣に腰掛けると「そっかあ」と言いながら、天を仰いだ。

 数秒の、間があって。


 「え、無理だね。私自分に置き換えてみたけど普通に無理だわ」

 「ですよね?」

 「ゆうせー君に辞めるって言われたら泣きわめく自信あるもん私」

 

 こういう人だからこそ、今回の事を相談できたというのはある。

 他の友人に言っても共感はしてくれないのは分かっていた。


 「でもさあ、なんか、あれだね」

 「?」

  

 みきさんが、私の顔を覗き込んで来る。


 「星良は本当にまさと君が好きなんだねえ」

 「……まぁ……」

 

 一瞬否定しようかと思ったけれど、どうせバレてるわけだしやめた。

 それにみきさんなら、笑わないと思ったし。


 「今はさ、男が減って来てるわけじゃない?だから、こういうところで恋するのだって、普通だって私は思うのよねえ」

 「……みきさんはゆうせーさんのことどうなんですか?」

 「ま~私は正直自分でもよく分かんないけど。でも向こうから付き合う?って聞かれたら1秒待たずに頷いて言質取るけどね」


 おどけたようにそう言うみきさん。

 本当に面白くて、できた人だ。

 

 「だからさ、とりあえず全力でアピールしよ!しつこいくらいにアピールして、そしたらもしかしたら、付き合ってくれるかもしれないじゃん!」

 

 私の背中を、ぱん、と叩いてくれる。


 「1番じゃなくても、今は2人3人付き合うの普通になってきてるらしいし。正直私はゆうせー君の一番手じゃない自覚あるし」

 「まあ、それは……たしかに」


 最近のニュースでは一夫多妻制の話が良く挙がっているし、周りでもそういった関係は聞かないわけではない。

 

 「じゃあくよくよしている暇あったらめいっぱいアピールして娶ってもらわなきゃ!」

 「……ですね」


 娶る、という表現はどうかとは思うが、みきさんの言葉に、頷く。

 ……でも、心のどこかで。

 ストーカーしていたことを言っていないような女は、隣にいちゃいけないのかな、とまだ思ってしまっていて。


 「がんばってこー!星良が付き合ったら私も付き合えるかもしれないし!」

 「後輩を励ます理由が不純すぎませんか」


 みきさんの優しさに感謝しつつ、ぐっ、と伸びをする。

 少し気分は楽になった。

 ……けれど、私の心の奥底は。

 手に持った春雨スープと同様、ずっと冷え切ったままだった。





 そして、金曜日の退勤後。

 いつものように私は「Festa」へと向かう。


 なるべく顔には暗い気持ちを出さないようにしなきゃいけない。

 別れを意識するあまり、一緒にいる時間が、辛いものになってしまったらだめだ。


 歓楽街を歩いて、店の前。

 ため息をつきたくなる気持ちを抑えて、ぱしん、と両頬を叩いてから。

 

 扉を開ける。

 

 ……と、そこに広がっていたのは。



 「私たち、やりなおさない?」

 「え……?」


 受付にいる将人に、なんか詰め寄っている女。


 ……はい?


 こめかみ思わずこめかみを抑える。

 

 また違う女か、という気持ちと、また私より若い、という劣等感。 

 というか将人貴方私が来たんだから気付きなさいよという気持ち。

 

 その他もろもろ黒い感情がせり上がって来て……。

 

 けれど。もう一度目を開くと。


 将人の表情が見えた。

 その表情が、明らかに……怯えているというか。

 嫌がっているのが明白で。


 「私が悪かったの……絶対別れるべきじゃなかったのに……だから、もう一度貴方とお付き合いしたくて、ここまで来たの」

 「ええっと……」

 

 将人が後ずさる。 


 そのタイミングにはもう、私の心は決まっていて。


 さっと歩き出すと、将人が詰め寄られていた壁に、強く手を突いた。

 

 「うちの将人になんの用ですか?」


 その女の顔を覗き込む。

 やはり若い。将人と同い年くらいだろうか。


 「だ、誰ですか貴方」

 

 「私?私は……この子の常連客ですがなにか?」


 彼女ですと言いたい気持ちを抑えて、真っ当なことを言っておく。


 「せ、星良さん」

 「将人貴方私が来たのに気が付かないなんてどういうつもりヨ」

 「あ、あはは、ごめんなさい」


 ちょっと意地悪くそう言ってみると、将人は照れたように笑う。

 ちょっと顔が赤いのがまた可愛い。


 「ほら、早く接客して頂戴。私もう疲れてるのよ」

 「あ、はい!」


 そこにいた女などいなかったような振る舞いで、私は店内に入ろうとする。


 「ちょ、ちょっと!」

 

 やはりというか、その女が呼び止めてくる。

 私が無視しようとすると。


 「星良さん、ちょっとごめんなさい」

 「……良いけど」

 

 優しい将人のことだ、嫌がってはいたけれど、話は聞くと言うのだろう。

 将人はその女と一言二言交わして……なにやら紙切れを受け取っていた。

 大方連絡先とかそんな所だろう。


 その女は私の事を見る事はなく、そのまま店の外へと出て行った。

 お店にお金を払わずに帰るなんて、迷惑な女ね。


 「ごめんなさい星良さんお待たせしました」

 「良いけど……その分今日はたっぷり相手してくれるのよね?」

 「あはは……善処しますからお手柔らかにお願いしますね……」


 未だに照れたような笑みを浮かべる将人と共に、私達は店の奥へと進んでいった。









 お酒を飲みながら将人の話を聞いていると。


 「も、元カノ?」

 「まあ、えっと……そうなるんだと、思います?」

 「なんで疑問系なのよ」 


 先ほどの女は、なんと将人の元カノらしい。

 もう将人の元カノなんていう単語がもう私の地雷そのものなので吐きそうになるかと思ったけど、将人の反応が思ったのと違ったので今は耐えている。


 「なんというか……ほとんど付き合ってないようなものなんです。特に一緒に出かけるとかもなく、別れちゃいましたし……まあ僕の方が嫌われたというか」

 「は、はあ?!そ、そんなのあり得ないでしょ」

 「いや、ちょっと説明しにくいんですけど、彼女は別に悪くないんです」


 将人が嫌われるなんてこと、あり得ないと思ってしまう。 

 将人という男の子を知っているからこそ、非が将人にあるなんて想像もできない。

 きっと将人が優しいから庇っているだけなんだろうけど……。


 信じられないという気持ちを誤魔化すために、ハイボールを呷った。

 うん、冷えてて美味しい。


 「どうせ連絡先かなんか渡されたんでしょ?」

 「あはは、星良さんにはお見通しですか」

 「貸して、私がビリビリにちぎっておくわ」

 「過激派すぎますよ?!」


 え、なんでむしろ破らない選択肢があるのかしら。


 「嫌がってたじゃない」

 「……そうですね。正直、かなり嫌でした。自分でもびっくりするくらい。だから……」


 将人がこちらに向き直って。

 私が大好きな、彼のとびきりの笑顔で。


 「星良さんが来てくれて、本当に嬉しかったんです」

 「……っ!」


 ……本当にこの子は。

 今にもぐちゃぐちゃに抱き締めてあげたくなる気持ちをぐっと堪えて、代わりに一気にハイボールを呷った。


 「あ、あんたねえ……不意打ちやめなさい本当に……!」

 「え?そ、そんなつもりでは……」

 

 これだから将人は……。

 今日はペースが早いからか、どんどん酔いが回っていくのを感じる。


 「そんなこといって、どうせ女の子に詰め寄られてドキドキしてたんでしょ」

 「え、全然してないですよ!本当です!」

 「ほんとかなあ……?」


 今なら、酔っているのを理由にして。

 ちょっといたずらしても良いかななんて思ったので。


 「ちょ、星良さん?!」

 「本当にちゃんとドキドキしないかチェックしないと。でしょ?」


 将人のすぐ近くまで詰め寄って、至近距離で顔を見つめる。

 本当に、綺麗な肌。

 可愛いくて、カッコ良い。私の天使。


 でもその顔が、すぐに赤くなってしまったから。

 そっと、手を将人の胸元に当ててみれば、とくん、と将人の心臓の鼓動が早くなっているのが伝わって来た。


 「ほら、ドキドキしてるじゃない」

 「そ、それは……」


 恥ずかしそうに、将人が顔をそらす。

 本当にいじらしくて、可愛いんだから。

 ……と、そんなことを思っていたら。


 掌で顔を抑えた将人がぽつりと。


 「星良さんには、ドキドキしますよ、普通に」

 「……!」

 

 あ、危ない我慢できずにそのままキスするところだった。

 流石にキスは出入り禁止になりかねないと鋼の意志で押し留まって、体勢を戻す。

 頬が熱いのが自分でも分かる。


 「ふ~ん、わ、私にはドキドキしちゃうんだ。さっきの女にはドキドキしないのに」

 「や、やめましょう恥ずかしいです!!ほんとに!!」


 耐え切れなくなった将人がちょっと距離を取る。

 そんな表情を見るのも、楽しい。

 

 

 そしてそんな頃にはもう、今が楽しいという気持ちだけが私の中にあって。

 昼間に感じていたような暗い気持ちは、とうの昔に無くなっていた。





いつも読んで頂きありがとうございます。

この度本作のコミックス3巻が2026年2月25日に発売となりまして、記念にASMR動画を作成していただきました。

星良さんが酔っぱらって将人に絡むお話、まさにこのお話みたいな状況ですね。

CVには高野麻里佳さんが担当して下さいました。重い感情の表現が素敵すぎますので是非。


YouTubeにて公開されていますので、詳しくは作者のXや、少年エース様のXをご確認下さい。


それでは引き続き本作をよろしくお願い致します。

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― 新着の感想 ―
AMSR最高かよ……
最後の将人君のドキドキしますよ発言はきますね 罪な男だよ 高野さんの星良さん聴きました! イメージ通りのドロドロな愛が重くてたまらんかったです
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