文学少女JKは襲い掛かる
オタクならば皆、妄想したことがあると思う。
理想の彼氏、理想のデート、理想の……ファーストキスシチュエーション。
この根っからのオタクである私篠宮汐里も、当然妄想したことがある。
異世界転生パターンと、現世パターン。合わせて20通りくらい。
当然キスなんてしたことないので、妄想のパターンだけが増えていく。
妄想の半分以上が相手からしてもらうファーストキスなのだが、どれだけ憧れてもそんなことは現実には起こり得ない。
まあでもいいよね、妄想なんだから。
そして数々の妄想をしてきて分かったことがある。
劇的で感動的なシチュももちろん良いけれど、意外と素朴なのも良いものだ。
浮世離れしすぎず、等身大のシチュ……愛さえあれば、それで良いよね……。
なんて。
例えば、いつも会っている固定の場所でも。
相手がクラスメイトなら誰もいない教室で、とか。
相手が部活動の先輩後輩なら、誰もいない部室で、とか。
相手がカフェとかバーの店員さんならそのお店で、とか。
なら、相手が家庭教師なら?
そう。自分の部屋である。
将人様というスーパーアルティメット家庭教師がついてからというもの、将人さんとのキスシチュエーションだけで何パターンも妄想した。
やっぱり相手が明確になるとそれだけ妄想も捗るよねって話。
そして色々なシチュエーションを考慮した上で……。
自分の家が良いのでは?となったわけだ。
部屋で、告白して抱き着いてから――とか。
帰りを送る玄関先で――とか。
もしかしたら将人さんなら、自分からしてくれるかも……。
と思ったけどそれはないか。ロリっ子の時も、されるがままになってた感じだったし。
だからこそ。
私は自分から行くことを決意したのだ。
芋女を脱するために決意したあの日のように。
動かなきゃ、現状は変わらないから。
そして。
「わ、私だって、将人さんのこと、す、好きです!」
勇気を出して、想いを伝えて。
将人さんの綺麗なお顔めがけて――
――ごつ、と。
妄想だけは人一倍していても。
現実はそう上手くはいかないのである。
「私はみじんこです生きている価値がないですもう私のことは忘れてください対戦ありがとうございました」
「い、いやそんなに言う……?」
はい。
現在私は部屋の勉強机の下に体育座りをしながら死んだ目で地面を眺めています。
「さっきのは、ほら、失敗は失敗だったかもしれないけど……えーっと、初めてって難しいから」
「妄想ばかりして知識だけは一人前のクセしてそれを何も活かせない生きる価値のないゴミです生きててごめんなさい」
「ダメだこれ精神が完全に折れてる……」
本当に死んでしまいたかった。
一世一代の覚悟で臨んだ、初めてのキス。
それは思い切り失敗して……顔に顔を押し付けるヤバい奴になっただけだった。
目を瞑ったからまともに照準がつかず。現実にオートエイムなんかあるはずないので普通に外れたまま着弾した。以上。
「今すぐ消えてなくなりたい……」
「どうしよこれ……」
将人さんに現在進行形で迷惑をかけている自覚はあるが、こればっかりはどうしようもない。
だってもう、なにもかもおしまいだもん。
好きだと伝えた上で、満足にキスもできない女。
こんなのに近くにいてほしいとはとても思えない。
むしろ遠ざけたいはずだ。私なら絶対に絶縁する。
来週からはもう来てくれないかもしれないレベルのやらかしなのだ、これは。
「え~っと……ちょっとびっくりしたけど、何ていうんだろ……気持ちは、本当に嬉しかったよ」
「……」
『嬉しかった』
その過去形の意味を、わからないほど私もバカじゃない。
嬉しかった。けど。
嬉しかった。でも。
その後に続くのは、きっと逆接の言葉だ。
一気に、自分の身体が冷えていくのが分かる。
将人さんに会えるのは、今日が最後かもしれない。
そう思っただけで、涙が出そうだった。
嫌だ。
こんなあやまちをしておいて、言える立場ではないのは重々承知。
だけど、将人さんと会えなくなる。将人さんとの繋がりが無くなると思うと、心が強く締め付けられる。
自らの膝に顔を埋めている私の隣に、将人さんが座った。
こんな地面に座らせてしまっていることに申し訳なさもあるが、今はとても顔を上げるような気分になれなかった。
「……俺さ、最近やっとわかったんだよね。自分の行動とか、発言が、身近な人達……女の子にどんな風に思われてるのかって」
私は、将人さんの話を黙って聞いていることしかできなかった。
「俺にとってそれは普通で、別に良く思われようとか、そういう風には思ってなかったんだけど……そんな俺のことを、良く思ってくれるのは素直に嬉しい。だけどさ、それを誰にでもしていたら……良くないのかもしれないってようやくわかったんだ」
確かに、将人さんは素敵すぎる。一緒にいて、好きにならない女なんていないだろと、思えるくらいに。
「だから、もうこれから先、全ての人に同じ態度で行くのは……やめようと思う。多分すぐには無理だけど、頑張って、少しずつ」
すでに落ちていた気分が、更に下がっていくのが分かった。
……あぁ、なるほど。
私もこれから、将人さんに距離感をとられるようになってしまうんだ。
せっかく、オタクがバレても、気軽に話してもらえる関係になって。仲良くなれたと思っていたのに。
やっぱり、告白なんか、キスなんか、するべきじゃなかったんだ。
私が思いあがって、あんなことをしたから。
神様が罰を下したんだ。
すでに幸せだったのに、それ以上を望んだから。
当たり前なのかもしれない。今までが身に余るくらいの幸せだっただけで。
今日は、人生で最悪の日だ。
本当にもう、死んでしまいたい――
「だけど」
少しだけ、空気が変わった。
「もう仲良くしてもらってる人達に、今更そっけない態度をとるのは……無理なんだよ。だって、皆のこと、俺もすごく良く思ってるし。それは、汐里ちゃんも、そう、だから」
何故だか、将人さんから緊張しているような雰囲気を感じた。
私が今日、将人さんに想いを伝える時に、キスをしようと決めた時に、緊張していたから分かる。
でも、なんで?
「だから、えっと……これからも、汐里ちゃんと仲良くしていきたいと思ってる。家庭教師っていう立場もあるから、今その告白に、OKとかは、出せないけど……できたら、まだ一緒に、授業させてもらえますか?」
「……そ、れは、もちろん嬉しいですけど……」
まだ家庭教師を続けてくれるというのは、嬉しい。
ひとまず、私が想像していた最悪のシナリオだけは回避できたということだから。
……ただ、結局これからキス下手くそ女として将人さんの記憶の中に残り続けると思うと……げんなりした。
あのカスクラスメイト達から笑われる未来が容易に想像できる。
「でもきっとこれから先も将人さんの中でキスも満足にできないキモ女として記憶に残り続けるんですよね」
「いやそんなこと思ってないから!」
「今日は人生で最悪の日です。醜態を晒しました。できることなら今日の朝のセーブデータからやり直させてください」
「ああもうわかった!わかったよ汐里ちゃん!」
将人さんから肩に手を置かれて、少しびっくりして、顔を上げる。
――瞬間。
頬に触れる、柔らかい感触。
それは一瞬で。
だけど、あまりにも強烈で。
「――い、今はこれで、我慢して?これなら、今日が嫌な思い出には、ならないでしょ?」
手を、頬に当てる。
頬にキスしてもらったと理解するのに、数秒がかかった。
「は、はえ……」
「はい、これでこの話おしまい!授業やるよ授業!」
急激になり出す心臓の音。
昂る気持ち。
同時に、私の中で、今まで必死にこらえていた気持ちが完全にはじけ飛んで。
「うえっ?!」
私は立ち上がって後ろから、将人さんを自分の部屋にあるベッドの方へ押し倒した。
将人さんの上に跨り、荒ぶった呼吸を一度整える。
「し、汐里ちゃん?」
僅かに焦ったような将人さんの顔を上から見下ろして……。
ゾクゾクと、背筋に快感が走る。
「将人さん。処女の性欲、舐めすぎです」
「なにそれ……って」
有無も言わせず。
私は先ほどの失敗を取り返すかのように、将人さんを貪った。
そこから先のことは、あまり覚えていない。
けど……最高だった、ということだけは確かである。
「大変申し訳ありませんでしたあ!!」
「えーっと……」
土下座なう☆
いや、ね?
もう後半ほぼレイプだったから、ね?
反省はしています。けど後悔はしていません本当にごめんなさい(は?)
「えっと、これはなんというかその、気がついたら身体が動いていたというかなんというか……」
「うん、まあ、そうなんだろうね……」
将人さんが、乱れた服装を直しながら、ため息をつく。
いやまあ乱したの私なんだけど。
その様子は、エロ過ぎ罪に問われてもおかしくない。さっきまで散々なことをしていたのに、将人さんを見ているだけでもう一度したくなってしまうのだから、本当に私と言う存在は度し難い。
とはいえ、勉強どころではなくなってしまった状況。
将人さんはぽりぽりと頭を掻いて、もう一度ため息をついた。
「……でもこれ、やっぱり俺が悪いんだよね」
「え……?」
そんなはずは、無い。
だってこれを警察に届ければ、いやそんなことしなくてもこの状況を世間一般の人がみたら100人が100人私を罰する。
あ、いや、何人かの処女は私を庇ってくれるかもしれないけど。
「……俺今まで、なんとなく皆好きだし、なんとなくこのまま仲良くできれば良いなって思ってた。だけど、それじゃダメってことだよね」
そう言った将人さんの表情は、いつになく真剣で。
「ちゃんと、けじめつけないとだよね。だから、ちょっとだけ待ってて」
……もしかすると私は。
将人さんに大きな決断をさせる、トリガーを引いてしまったのかもしれないと、ようやくそこで気が付くのでした。




