クラス全員で撮った集合写真を、勝手に個人アイコンにするのはやめてほしい
正月ネタです。
終業式終わりのクラス会自体は、別になんの問題もない。
過ぎたクリスマスを惜しみ、冬休みのスタートを祝して、正月を迎える準備をする。
そのためなら、焼肉チェーンで馬鹿みたいな大食いをするのだって、寒いなか水風船を投げ合うのだって、ぜんぜん歓迎だ。
しばらく会わないだろう級友と、気色悪いくらい友情を確かめ合うのも別に悪くない。
ただ一つ。
クラス全員で撮った集合写真を、勝手に個人アイコンにするのはやめてほしい。
切り取ってリサイズするのも勘弁だ。
ちょっと編集が下手くそだったりすると、端っこに服や髪が写り込んで残ってしまう。
そんなものが、何になるって?
『ねぇ、佳苗のアイコンに映ってる服って、壮吾くんのよね? ねぇ、もしかして二人で何かしてたの。あたし、聞いてないんだけど』
思わぬ火種に化ける場合があるのだ。
火事に発展する可能性もあるので、要注意である。
こんな時は、早めに鎮火せねばならない。
俺はさっそく消火活動に取りかかるのだけど、
『違う違う。ただ写り込んだだけだよ』
『でも、肩組んでるように見えるんだけどぉ?』
メッセージの相手、凛子はなかなかどうして簡単には頷いてくれなかった。
最近は、特に顕著だ。
彼女とは、中学二年の頃から四年間、高二になる今も交際を続けているから、その変化のほどはよく知っている。
いつからかと言われれば、別々の高校に入った頃から。
彼女の家が引越したことにより、校区が別々になってしまったのだ。
遠距離でこそないが、その距離は近いようで、やはり遠い。
『肩組むなんて、その場のノリ的なやつだよ。他意はない』
『胸に触れてない? 二の腕さわさわしてない?』
『いや、写った角度の問題だって。断じて、俺から何かはしてないから』
『その言い方、向こうからは何かされたんだ?』
『誤解だっての。日本語が難しいだけだ』
いわゆる面倒な彼女、になるのかもしれない。
拘束が強く自信に欠けてネガティヴで、疑り深い。
誰かに話せば、そう断じられることもあるだろう。
でも、俺はそう思わない。
不安に揺れる彼女の思いの一端なら、自分の懐にだって似たようなものがある。
距離は、別に遠くない。会おうと思えば、すぐにだって会える。
でも、好きな相手の日常に自分がいない事実はどうしようもない。
乗り越えられぬ高い壁として、常に二人の間を割くように横たわっている。
たしかに凛子は、面倒な子なのかもしれない。素直で従順とは程遠い。
でも、好きになった彼女がそうならば、その面倒を買ってでも一緒に背負ってやりたい。
それが、彼氏の甲斐性というものだろう。
根気強く、粘り強く、彼女への弁解を終える。
その最中、一つ突飛な案が思いついた。
本来なら言い訳を考えるのも難しいところだが、
『大晦日の夜さ、初詣に行かないか? 知る人ぞ知る、隠れたいい神社を知ってるんだ』
時期が時期だけに、あっさりと切り出すことができた。
こんな最適の口実があるなんて正月には感謝してもしきれない。
♢
「ねぇ、壮吾くん。初詣に行くんじゃなかったの?」
「そうだよ、それ以外なにがあるの」
「でもだって、ここ……。君の通ってる学校じゃない?」
行燈のあたたかい光や、雑多に混ざった屋台の匂い、大勢集まっているだろう参拝客。
それらとは、切り取り線に沿って千切ったかのごとく、全く無縁の雰囲気だった。
いつも通っている場所とはいえ、時間帯が違えば、もはや別物だ。
闇夜に見れば、どうもおどろおどろしく感じる。
でも、俺はもう躊躇しないと決めていた。
「入るか。この中にあるんだよ、隠れスポットの神社」
「…………ほんとかなぁ? それに、いいのかな勝手に入って』
「正月に参拝しない方が良くないってことにしておこう、今日だけは。それでどう?」
校門をよじのぼって、その一番高いところに座る。
俺はそこから彼女へ手をのべた。
少し迷ったふうに、白くけぶる息を吐いてから、彼女は「今日だけね」と俺の手を掴んでくれた。
冷えた指先同士が重なる。にもかかわらず、心はぽわんと温かくなった。
協力して、正門を越える。
そりゃあ休み期間だ。
そこら中に鍵がかけられ、なにをしようにも乗り越えなければならないものばかりだった。
今度は非常階段の鉄柵を越え、錆び付いた階段を二人して駆け上る。
やってはいけないことを堂々とやるというのは、高揚感を生むらしい。
踏みしめられた鉄階段が、がんがん響く音さえ、その高ぶりを助長する。
目当てだった屋上に着く頃には、恐ろしさも罪悪感も消え、腹の底から笑っていた。
なにが可笑しいのかも分からないまま俺は、崩れ込むように床へ座り込む。
普段はどちらかといえば、静かでおしとやか。
はしたない真似はしない凛子も、脚を内股に降りながら、ぺたりとしゃがみこんだ。
「あははっ。ねぇここのどこが神社なの、壮吾くん。夜景は綺麗だけどさ」
「本当にあるんだって。俺、いつも昼はここで弁当食べてるから知ってるんだ。ちゃんと神棚だってある。嘘じゃない」
ほら、と俺はその場所を指差し、スマホのライトで照らす。
そこに浮かび上がったのは、我が高校の神社だ。
といっても、段ボール箱と手鏡で作られた、超のつくまがい物である。
一部の馬鹿が作った悪ふざけの産物、ご利益なんてあるわけもないが、
「ほんとだ。じゃあお参りしないとね。ちょうどさっき日付変わったみたいだよ」
凛子は手を合わせながら目を瞑り、小さくだけなにかを祈る。
なにを祀っているのかさえ分からない即席神社より、その姿の方がよっぽど神々しく見えた。
それは、俺が彼女に思いを寄せているからだろうか。
冬にも関わらず急に顔が熱くなってくるので、
「あー、あけましておめでとうございます。今年もよろしくな、凛子」
こんなテンプレートのあいさつでもって、お茶を濁し顔を背けた。
お世話になったとか、来年の目標は、とかお決まりの会話をする。
「ねぇ、壮吾くん。なんで私をここに?」
やがて、凛子がそう言った。
聞いてこないなと思ってはいたが、気になってはいたようだ。
少し迷ってから俺は、正直に伝えることにした。
ここまでやって、理由を言わないわけにもいくまい。
「凛子に、見せたかったんだよ、ここ。景色が綺麗だからとか、神社があるからってのもあるけど、いつも俺がいる場所だから」
「……それって、もしかしてあの写真のことをあたしが責めたから、見せてくれようと思ったの」
「ちょっと違う。責められたとは思ってないからな」
じゃあ、どう考えたか。
「単に、伝えたかったんだ。離れてても、さ。俺が普段この屋上にいるときも、凛子のことを思ってるんだって」
もともと、キザなことを言うような柄じゃない。
口にした言葉が、真綿のようにだんだんと自分の首を絞め始める。
こめかみをちょこちょことかいて、あー、とか、えっととか、適当なことを口にしていると、いつのまにか彼女は顔を俯けている。
「壮吾くん、そんなことまで考えてくれてたの」
「大したことじゃないだろ」
「ううん、大したことすぎる。だって、私、勝手すぎるじゃん。ごめんね。私、勝手に心配になって勝手に疑って……」
深夜の学校、それも屋上だ。当然誰もいない。
ぎりっと彼女が歯を噛む音がする。
違う、そうじゃなくて。俺が見たいのは彼女が自分の行動を悔やむ姿じゃない。
冬に咲く花のような、可憐な笑顔だ。
「そういうのはいいよ。俺は全く気にしてない。むしろ嬉しかったりもするんだぞ? 俺のことも気にしてくれてるんだな、って」
「うぅ、壮吾くん……!」
なのに、もっと泣かせてしまった。
俺の胸に、ぐりぐりとこすりつけられる彼女の頭のうえ、俺はぽんぽんと手を跳ねさせる。
だめだ、かなわない。
なにをしたって、ここまで俺の心を捉えるのは、やっぱり彼女しかいない。
でもやっぱり笑顔を見たいから、泣き止むのを待って
「なぁせっかくこんなところまで来たんだ。写真でも撮らないか?」
話題をすり替えた。
凛子はたぶん俺の思惑まで理解したうえで、話に乗ってくれる。
「じゃあ肩組もうよ、せっかくだから。で、二人でメッセージアプリのトップ画にするのよ」
「……趣味悪くね、それ。別に佳苗は俺のこと好きじゃないだろうし、対抗意識持っても無駄だと思うんだけど」
「さぁ、どうだか、とにかく、いいじゃない。撮ろうよ。……えっと、今度は本当に触ってもいいよ。胸も二の腕も!」
「もっと趣味が悪いわ! そんな恥晒しはごめんだ」
やいのと言いつつも、インカメにしてフラッシュを焚いて、連写機能を使って何枚も写真に収める。
テンションが高すぎたことも、胸の高鳴りが激しすぎたこともあろう。
手ぶれ補正じゃ済まない乱れ方、しかも過去最悪クラスの不細工な面になってしまった。
二人して、スマホを交互に見ては大笑いする。これが新年早々の初笑いになった。
これじゃあインスタにも、SNSのトップ画にも使えない。
でも、その写真はいま、スマホの待ち受けになっている。
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