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「あなた、どういうつもりでエルリック殿下と一緒にいるの?」


 きたー!とミュゼットは思った。聞かれると思っていた。弁償じゃないのならそれしかない。


(アンジェラ様なら、会話が通じるかな)


 この半年でミュゼットにとっての貴族は話の通じない人たちという印象しかなかった。

 ただ、アンジェラは先ほどミュゼットが謝ったことを理解した上で弁償はいらないと話した。会話が成り立っている。


 もしかしたら、とほんの少し希望を抱いたのは、他にも理由がある。

 ハンズベル家は無茶な注文をしない。商品を貴族の家に持っていくと酷い対応をされることもあるが、ここでは一切無い。納期を短く指定されるときは、いつも要求以上の上乗せ分をくれるし、労いの言葉もかけてくれる。

 それに極たまに魔道具のショールームに足を運んでくれるのだが、置かれた商品の取り扱いを丁寧にしてくれる。気に入らないからと言って馬鹿にしたり、値切るようなことはしない。

 驕り高ぶることない、貴族としてのお手本のような方々。




 そんなハンズベル家のアンジェラにだったら。


 ミュゼットは勇気を出して、本当のことを言うことにした。それが不敬に当たる、アンジェラの婚約者である王太子を貶める発言になることだと分かった上で。



「私は、王太子殿下に自分から声をかけたことも、お側に近寄ったことも一度もございません。不敬を承知で申し上げますと、付き纏い行為を入学当時からされていて大変不快です」


 淡々とミュゼットがそう言うと、アンジェラは目を丸くして驚いた。


「どういう事、かしら」

「私から王太子殿下に話しかけるな、とは言えません。だから逃げています。最近は校舎出口を見張られていて腹が立っています。毎朝待たれるのも本当に不快。私のお弁当を勝手に自分の差し入れと勘違いして取り上げられてしまい、空腹で倒れそうになりながら午後の授業を受けなくてはいけなくなったことも何度もあります。本当に最低。あれが王太子だなんてちゃんちゃらおかしいです」

「見張られて?ちゃんちゃら……?どういう事?あなた、エルリック様が好きなんじゃ」

「あり得ません。ないないない、好きなわけが無いです。ハンズベル公爵令嬢様に申し上げるのも大変申し訳ないですが、本当~~~~~~~に不快なんです。毎日毎日本当に最悪です。触らないでとか構わないで欲しいと何度言っても、何度拒絶しても曲解され言葉が通じません。殿下以外にも同じようなことをしてくる人はいますが、全員に対して私は同じ気持ちです。嫌いなんてものではなく、気持ちを虚無にしてようやく耐えています!ほんっと最悪!」


 アンジェラは急に饒舌になったミュゼットについていけていない。ミュゼットは初めて他人に自分の感情を話せたので嬉しすぎてつい熱が入り、ところどころ口調が乱れたことにも気づいていなかった。



「もしかして……エルリック様があなたの気持ちに関わらず勝手に付き纏い、好意を寄せられていると勘違いしているの?」

「ええ!その通りです!さすがハンズベル公爵令嬢様!話が通じて本当に本当に嬉しいです」

「アンジェラでいいわよ。で、他の方々も同じなのね」

「わあ!ありがとうございます!!はい、同じですね。似たり寄ったり」


 アンジェラは頭が痛くなってきた。ここ数か月エルリックからミュゼットを正妃にしたいと匂わされている。せめて愛妾にしてくださいと言っても聞きもしない。アンジェラへの婚約破棄も口にするようになってきている。また、アンジェラらがミュゼットを虐めているとも。実際はお互い敬遠して距離をとっているだけで接点の一つも存在していない、虐めなども全く行われていないのに。

 それにエルリック以外の令息たちも似たようなことを口走っていることは少し耳にしていた。まだ実害、婚約解消などは起こっていないが、時間の問題だった。


 ミュゼットの言っている通り、エルリックらが勝手に付き纏い、勝手に相思相愛だと勘違いしているのなら、納得できるところが多い、多すぎるくらいだ。



 アンジェラはミュゼットをこっそり調べていたが、調べても本人がクラスで自己紹介の際に話したことくらいしか見当たらなかった。本人が口にした以外だと魔道具師として飛び抜けた才能があることしか分からなかった。実家が営む商会と身内を大事にしている、魔道具師として活躍している、それくらい。

 普段の生活も本店から歩いて通って、歩いて帰宅している。殆ど外出はしないし、しても魔道具の材料を仕入れに行くくらい。

 店にずっといるのは、実家には戻らずに店で寝泊りし仕事をしているんだろうと思われていた。悪いところなど一つも見当たらないし、変な付き合いも見つからない。


 ベンジャミン商会も同じく、後ろ暗いところのない商会だった。


 今日裏道に来ていたのもミュゼットがその辺りの道をよく使っているので、ここでなにか悪巧みをしてるのではと思って張っていたのだ。まさか石を蹴とばしてきて、それがアンジェラの馬車にあたるとは思ってもみなかった。そもそもこの場所は今までミュゼットが通ったことのない道だったのだ。だから家紋入りの馬車に乗っていたのだが、少々まずかったかもしれないとアンジェラは思っている。


 ミュゼットとしては、最近なんか後を付けられている気がしたのでルートを変えただけで、本当に偶然だった。

 悪だくみもしていなければ後ろ暗いところも事実として無く、やったことと言えば石を蹴り飛ばしただけ。


 これで何か企んでいると言われるより、ミュゼットが言うようにエルリックの一方的な思い込みと言われたほうが真実味が多分にあり納得できるのだ。



 それに、ミュゼット自身はサバサバしていて媚びを売ることもしなければ、エルリックの寵愛を傘にアンジェラを嘲笑うようなことも、得意げになることすらなく、はっきり不快と言い切った。その態度に嘘は見当たらないとアンジェラは思う。


(エルリック様が話を聞かない、というのは心当たりが多すぎますわ)


 ミュゼットへの態度についてエルリックに何度か話をしたところ、嫉妬だの何だのと言われ、挙句に王太子妃という立場に縋る醜い女と言われた。

 そんな話はしていない、周りへの影響を考えろと何度言っても通じない。

 同じような話を友人たちからも聞いている。

 ミュゼットを追い回している令息たちは、どれも同じような性質を持っている気がしてきた。そういえば子どもの頃から、何かにつけて勉強から逃げる上、何かにつけてアンジェラや令嬢たちを彼らは罵っていたなと思い出された。


(頭が痛いですわ……)


 ここ数年の流行りというか風潮として、隣国に留学中の第一王女やアンジェラのように凛とした立ち振る舞いや気の強さに憧れた令嬢たちがとても多く、婚約者に厳しく当たることが多かった。

 ただそれは理不尽なものではなく、早いうちから貴族としての心構えを持って、というようなものだったのだが、平和で穏やかな治世が続いているせいか成人を過ぎても学園に通っている間は子どもでいい、貴族として頑張るのは卒業後からでいい、と令息たちは思っていた。


 更にそれを助長させるようなことを王太子であるエルリックがあちらこちらで言うものだから乗せられた令息は数多い。


 早熟した令嬢たちに対して、まだ遊びたいと駄々を捏ねる令息たち。



 そこにやってきた、今まで見たことのないようなか弱そうで気の弱そうな見た目のミュゼットに、令息たちは群がった。

 立場的に強く言えないだけなのにミュゼットなら自分の意見を肯定してくれるのだと勘違いし、口煩い婚約者から逃げた。


 アンジェラやハンズベル公爵たちが危惧していた、魅了による他国からの侵略戦争とか、そんな大きな話では一切無かった。



 調べた結果から恐らくそうだろうとは思っていたが、それでもミュゼット自身がエルリックたちに色目を使っているのだとアンジェラは思い込んでいた。

 悪女だのなんだの、時には娼婦まがいなんて言われていたミュゼットの噂を、信じていた。



 だけどすべてが間違い、思い込みだったのだとアンジェラは今ようやく気づいた。噂はただの噂だったのだ。


「わたくし、ミュゼットさんのことを勘違いしておりました。疑ってしまい申し訳ありません」


 アンジェラは頭を下げた。ミュゼットのように膝に額をつけるようなものではないが、公爵令嬢が男爵令嬢に頭を下げた事には違いがない。



「あ、アンジェラ様!?だめ、だめです、頭をお上げください。わ、私が変なこと言ってしまったからですか?ごめんなさい」

「いえ、わたくしが勝手に噂であなたを判断したの、あなたは悪くないわ」

「いえいえいえいえ!私が」

「いえわたくしが」

「いえ私が」

「わたくしが」




「……ぷっ」

「ふふ……」


「あはははは」

「うふふふふ」


 お互いの謝罪合戦の後、馬車の中は二人の笑い声でいっぱいになった。





続きは18時にアップします⸜( •⌄• )⸝

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