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番外編2-1

ミュゼットが結婚するときの話から始まります。全四話。

「ミュゼット、結婚しよう!」

「へ?」


 ミュゼットは目の前の男を見て驚いた。見慣れたグレーの瞳、見慣れた茶色の髪、見慣れた背が高くて細身だががっしりした体躯。

 見慣れているけど、ここにいるはずのない男、幼馴染であり片思いの相手でもあるレオンがそこにいた。


「と、隣の国の支店に行ったんじゃ」

「ああ、行った。でもどうしても帰ってこなきゃ行けなくなって転移陣で帰ってきた!」

「えええ、通行許可なかなか下りないのにすご!」

「あっちの王様に良くしてもらってて……いや、そんな話じゃなくて!」


 ベンジャミン商会本店の二階、倉庫やら従業員の控室や応接間に並んで『魔道具製作室』と書かれたプレートのかけられた小さな部屋に、隣国に新しく出来たベンジャミン商会の支店の店長になったはずの、レオンがいた。


「そんな話じゃなくて、何?」

「ああ、その、えっと、なんだ、あのな」

「どうしたの、ちょっとおかしいよレオン」

「あーーー、明日!!明日、誕生日だよな!」


 突然大きな声を出したレオンにびっくりしつつ、カレンダーを見ると確かに明日はミュゼットの誕生日だった。

 十五歳。成人を迎える。


「忘れてたけどそうだね、明日十五になる」

「成人だよな」

「そうね。何をそんな当たり前のことを」


 言い終わる前にミュゼットの前にはずいっと小さな箱が差し出された。


「俺と!結婚してくれ!」


 ぱかっと開けられた箱の中には、レオンのグレーの瞳と同じ色の小さな宝石がついた指輪がちょこんと鎮座していた。シルバーの金属部分は傷一つなくつややかで、グレーの宝石は恐らくグレーダイヤと呼ばれるダイヤの一種だ。相当お高い品であるとベンジャミン商会の娘ミュゼットは鑑定した。



 が、そんなことしてる場合じゃないことは、わかっている。



 たっぷり現実逃避をしている間に気まずい空気が流れ、長い沈黙の後ゆっくりとミュゼットは口を開いた。


「……正気?」

「……お前、酷くない?」


 -----


 レオンとミュゼットは幼馴染だった。厳密には『お世話係とお世話される人』だ。

 レオンの父はミュゼットの父の秘書のような役割をしていて、長く商会に仕えてくれている。祖父から父に会長が変わった時に商会の経営は厳しくなり、ミュゼットが産まれた時はそれはそれは貧乏という名前がふさわしすぎるほどの状態になっていたのだが、それでもレオンの父は商会を支え続けてくれていた。


 満足にお金を払えなくてもいいと言って、レオンの父以外にも手伝ってくれる従業員は少なくなかった。

 彼らの思いに答えようとミュゼットの両親は奔走し、生まれたばかりのミュゼットの世話係にレオンの母とレオンが抜擢された。とはいえレオンの母もレース編みを作って販売し家計を支えていたので、主にミュゼットの世話をするのはレオンだった。


 そんなわけでミュゼットは生まれた瞬間からレオンと一緒だった。五歳だったレオンは必死に赤ん坊ミュゼットの世話をした。それこそおしめをかえたり、おねしょの始末をしたり。

 ミュゼットを一晩預かる際、両親を起こさないようにと夜泣きしたミュゼットを一人であやしたこともあった。

 そんなレオンにミュゼットは当然のように懐いて、どこに行くにもレオンの手を握って離さなかった。ちなみに弟が生まれた時も同じように接したため三人兄弟だとよく間違われた。



 本当の兄妹のように育っていた二人の関係が変わったのは、ミュゼットが六歳、レオンが十一歳になった頃だった。


 ベンジャミン商会の経営が上向きになり、それが続くようになった。一過性のものではなく、じわじわと堅実に安定してきている証拠だった。

 従業員にはようやく正しく給金が支払われるようになり、さらにミュゼットの家はメイドを雇えるようになった。そうするとレオンのところに子どもたちを預ける必要もなくなる。それにレオンにはそろそろベンジャミン商会の仕事を覚えさせたいと大人たちは考えていた。


 そして二人は会うことが少なくなった。だが、それにミュゼットは耐えられなかった。


「さみしい」と言っては商会にやってきて、仕事を習うレオンの傍にいるようになった。それは邪魔だと叱られても続き、ある時暇だったのか試作品の魔道具を手にして遊んでいた。

 そしてミュゼットは一言「もっとうまく術式が組めるのになぁ……」と呟いた。



 この時からミュゼットの魔道具師としての仕事が始まったが、そしたら今度はレオンが寂しくなってしまった。

 いつも近くにいたミュゼットがいないことが寂しくて寂しくて、仕事を習う合間にミュゼットに与えられた作業室に顔を出すようになった。

 魔道具を制作している間のミュゼットはすべてのことを制作に費やしていて、周りのことなどお構いなし。休憩も取らないのでレオンが赤ちゃんの頃にやってやったようにかいがいしく世話をした。好物のフルーツサンドを作って食べさせると、全身で幸せを表現するミュゼットを見ることがレオンは幸せだなと思っていた。



 世話をされることに慣れていると思われていたミュゼットだが、レオン以外の人が何かしようとすると全く取り合わなかった。好物のフルーツサンドなら食べるけど他は見向きもしない、というワガママを炸裂させていた。だがレオンが行けば、嫌いなサラダもむしゃむしゃ食べる。


 周りはそれを兄妹関係の続きだと思っていたが、二人の中ではそうではなかった。

 レオンの言うことなら聞くのはミュゼットにとってレオンが好きな男だからで、どんなボロボロの姿で作業していてもミュゼットが可愛くて仕方ないと思ってしまうレオンは、やっぱりミュゼットに恋をしていた。



 だが、ベンジャミン商会の功績が評価され、会長が男爵位を貰ったあたりで事態は一変する。

 これまでは出来なかった他国への出店が許可されたのだ。


 レオンの手腕を見込んでいたベンジャミン商会会長は、隣国の支店の店長をしてほしいとレオンに願った。

 レオンはその時会長に、つまりミュゼットの父親にミュゼットと結婚したいと考えていると話した。


 だが大人たちはそれを刷り込みだの、家族愛をはき違えてるだのと言った。そして出された結果が、支店を三年間切り盛り出来たら認めてもいい、というものだった。恐らくそれだけ離れたら、冷静になるだろうと思って。


 ミュゼットにそれを話すことなく、レオンは隣国に行った。まずは支店の場所を決めるところから参加することに自分で決めた。

 急にいなくなったレオンに対してミュゼットは始めのうち怒ってはいたが、時々は帰ってきてミュゼットのことを大事に扱うレオンを見ると許してしまっていた。



 そしてミュゼットがあと二ケ月で成人を迎える、という頃にようやく支店が完成し、レオンの移住が決まった。

 その時レオンは「三年後に話したいことがある!」と宣言していった。プロポーズのつもりで。

 だがミュゼットは自分が女性として見られていると気づいていなかった。



 だから、今日この日までずっと、三年後に誰か婚約者を紹介されるのだと思っていた。隣国に恋人がいるんだと思った。だから店が出来る前から足繁く通っていたのだと。



 失恋だ!!と泣いた。


 普段悪口を言われたり貴族の令嬢たちにからかわれたり、商品にケチを付けられても泣かないミュゼットは、思いっきり泣いた。

 それまで以上に魔道具製作に打ち込んで、失恋を忘れようとしていた。




 今日、この日までは。


続きは17時公開です

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