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番外編1(後編)

番外編1最終話です。前、中よりちょっと長め。


「……さすがね」

「なに?」

「いえ、弟のすることは子どもの趣味レベルをはるかに超えていることは身をもってわかっていたのだけど、本当にさすがだわと思って。似合っているわよ、とても可愛いわ」


 アンジェラは深く頷いてそう言うので、ミュゼットはこれでもかというくらい顔を緩めた。


「嬉しすぎ~~~~!!」


 今日はハンズベル公爵家のタウンハウスで小さなお茶会が開かれている。エリック達がミュゼットの近くをウロチョロせず距離を大きくとるようになったが、それでもミュゼットがお茶会に呼ばれることは無かった。そこでアンジェラが主催して、学友の中でも特に仲が良く、何度もミュゼットと顔を合わせ気が合うと思った令嬢たちを呼んだのだ。

 ハンズベルには恐らくエリック達も近寄らないだろうと読んでいる。


 プリセプスがハンズベル公爵嫡男のキースの店というのは内緒なので、アンジェラはミュゼットを迎え入れた時にこっそりとそう呟いた。

 そして小さく「屋敷の二階の窓、見える?」とミュゼットに聞いた。

 ちらっと見上げるとそこにはキースが満足そうに笑って庭園を眺めている姿があった。


「デザイナーはご満悦の様だわ」

「ありがたすぎて拝みたい」

「それは異様すぎるからダメよ。さ、今日はテーブル一つだけだから、好きに座って頂戴」


 そうして庭園についたミュゼットは、先に来ていた令嬢たちに「可愛い!」「似合っている!」とドレス姿を大絶賛された。


 昼の会では露出を控えるのが良しとされている。ミュゼットのドレスも首元が詰まっている。小さなレースで縁取られ、首元はレースと同じ色のフリルで飾られている。どちらも、色は淡いピンク。ほぼ白に近いと言ってもいい色だ。手首も同じレースが縁取りに使われている。


 白だけは未婚・既婚関係なく使える色だが、真っ白にすることは出来ない。白はウェディングドレスだけのもの。ドレスは基本的に一色でまとめることが多いので、白を一部に使ったドレスというのはとても珍しい。

 首元に白い色があるせいか、いつものように顔色が悪く見えていない。それどころか可愛らしさが際立っているように見えた。

 それにドレスそのものも変わっている。グレーなのだが上は薄く、下になるほど濃くなるようなグラデーションで、生地自体がそう染められているわけではなく、フリルを重ねて色が徐々に変わっていくように見せている。ちなみに生地はベンジャミン商会から仕入れられたものだ。それがミュゼットにとっては一番うれしいことだったかもしれない。


 そうやって作られたドレスは、フリルやリボン、レースが似合う、いわば童顔で少女体型なミュゼットに本当にピッタリで、グレーという地味な色合いにも関わらず、ミュゼットは花の妖精のように見えた。


 プリセプスで作ってもらったということだけは話してもいいと言われていたので、お茶会で「どこのドレスですの!?」と質問攻めにあったミュゼットは必死に「プリセプスで作っていただきましたの」「布はベンジャミン商会が買い付けてきたものですのよ」とアンジェラの教わった通りの言葉遣いで返した。





「成長したわね、あなた」

「ふぉんふぉれふふぁ」

「だから食べてからお話なさいって」


 お茶会の翌日、アンジェラとミュゼットはまた二人でランチをとっていた。中庭の木陰にシートをひいて、ピクニック気分だ。


「ん……飲み込んだよ」

「報告しなくてもいいのよ」

「わかった。で、なんだっけ?」

「お茶会での所作が美しかったわねって言ったのよ」


 褒められたとわかるとミュゼットは満面の笑みを浮かべ、やったー!!と両腕を突き上げた。


「さすがにそれははしたないわ」

「あははは、ごめん、嬉しくって」

「はぁ、昨日はあんなに上手に受け答えが出来て、カップも音を鳴らさずに置けて、完璧でしたのに。気を抜くとこうなってしまうのね」

「アンジェラがいるとどうしても甘えたくて」

「わたくしはあなたより年下よ、母ではないのだから」

「一か月半しか違わないんだけど」


 二人は顔を見合わせてあはは、ふふふ、と笑った。


「それにしてもキース様ってすごいのね」

「そうねぇ。昔から美しいものが好きで、着飾らせるのも好きで。それが高じて作るようになってしまったわ」

「アンジェラが夜会で着たドレス、どれも流行になるってきいたことある」

「新作を着させられるのよ。仕立て屋と言ってはいるけれど、あの店はプレタポルテもやっていて、そこで出すドレスに似たものを着させられているわ」

「へぇ~~……さすが、うまいね」

「そうね。流行のドレスを注文しに行っても予約待ち、それでも今すぐ欲しいと言ったらプレタポルテでもあると言われたら心揺さぶられますもの。ちなみにあなたの着たドレスの色違いがもう用意されているわよ」


 ミュゼットは目をまんまるに見開いて「やられた」と言った。


「やられたって何?」

「その思惑に乗せられてるのに気づかなかったから悔しい!商会の娘なのにぃいいい!」

「支店長の妻でもあるのにねぇ」

「次は負けない!!」

「何の勝負をしてるのあなた」


 服にあまり興味のなかったミュゼットはプリセプスの商売の手法を全く知らなかったし、アンジェラの着たドレスが話題になったことは知っていてもプレタポルテで似たようなものが手に入ることは知らなかった。

 新しいドレスが似合っていたことに舞い上がってもいて、浮かれ気分で昨日のお茶会で散々プリセプスのことを宣伝してしまった。商会の娘としての話術も組み込みつつ。


「あーーーくやしい!」

「弟の店が儲けるのが嫌なの?」

「それは全然!気づけなかった自分が悔しいの!」

「よくわからないけど、やっぱりあなた面白いわねぇ」


 ミュゼット渾身のプレゼンによってプリセプスの予約がさらに殺到し、ミュゼットの着たドレスに似た型のプレタポルテは売れに売れ、そのドレスに使われる生地を卸しているベンジャミン商会は潤うこととなった。結果的に、ミュゼットの働きは商店のためになった。

 グラデーションのドレスや白を首周りに持ってくるのは長く流行する形になり、長く利益を生み出したのだが、それを知ってもやっぱりミュゼットはどこか悔しかったのだ。


「次は勝つ!」

「だから何と勝負をしてるのよ……」


 アンジェラは呆れながら自分のランチボックスからミュゼットの好物であるフルーツサンドをミュゼットの口に放り込むのだった。



 -----



「悔しいな」

「何か?」

「ミュゼを一番最初に、一番かわいく着飾るのは俺の仕事だと思ってた」


 隣国に移ってから初めてのお茶会。しかも王妃様からのお誘いとあって、ミュゼットは一番気に入っているプリセプスの、あの時作ってもらったドレスを着て行った。胸元のフリルの形を自分で好きに結んで形作れるので、色々と結び方を教わってきて同じ印象にならないように工夫している。色の縛りがないので、白い花のコサージュも今日はつけてきた。これはアンジェラからのプレゼントだった。


 隣国に来てまだ二週間と少ししか経っていない。そのためレオンがあれこれ注文したドレスはまだ出来上がっていない。既製品でも似合うものはあるけれど、それよりも格段にプリセプスのドレスはミュゼットを可愛く彩っていることを、レオンは認めざるを得ない。

 なにせ裾をつまんでくるくる回るその姿は天使や妖精にしか見えない。

 出掛ける前だから抱き着くのを我慢した自分を褒めて欲しいとレオンは思った。


「似合ってる?」

「悔しいけど、ものすごく。それってプリセプスのだよね」

「そう。内緒だけど、デザイナーはアンジーの弟さんよ」

「!?」


 男がデザインしたドレスと聞いて、レオンは元々眉間に皺をよせていたのに、さらに苦虫をかみつぶしたような顔になった。それがミュゼットを助けてくれたアンジェラの弟であったとしても、腹が立つのは仕方がない。


「でも私、レオンの悔しい気持ちわかる」

「へえ、なんで?」

「私もキース様の手腕に敗北して悔しくて、だから次は勝つ!!って思ってるもの」

「たぶん違う……俺の思ってるのと全然違うよ……」

「だからね」

「聞いて?」

「プリセプスの支店をこっちに作ってほしいってお願いしようと思ってるの」


 レオンはその話に一瞬怒りを感じたが、それによる利の大きさに気づき「その話、詳しく」とにやっと笑ったのだった。



 姉のアンジェラが遠方へ嫁ぎ、ハンズベル公爵を継いでからもキースはプリセプスのデザインの一部を担当し続けた。嫁いできた令嬢は口の堅い性格で、周りにはデザインをしていることを秘密にしつつ、キースを全面的に支え続けた。

 隣国の、ベンジャミン商会の支店のすぐ脇に、プリセプスの支店が出来るのがミュゼットが移住してから三年後の事だった。




お読みいただきありがとうございました。

もう一つ番外編は明日公開予定です。


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