月のない夜に…
抜けるような、高い高い青空の下、正午にはまだ早いのに街に鐘の音が鳴り響いた
何か、重要な知らせが貼りだされたらしい
すぐに手の空いている人たちが、ガヤガヤと広場に集まりだした
他の人たちも、お昼の鐘が鳴り響くころには事の次第を知ることになる
それは暫く前に起こった、凄惨な事件に対することだった
月のない晩のことで、ほとんど手がかりもない事件だったが、あまりの凄惨さにすぐに犯人は見つかるものだと思われていた
血の匂いは、幾日も幾日も残る
そのあとを辿れば、自然と犯人に行き着くと、戸締まりを厳重にしながらも皆思っていたはずだった
けれど、2日経っても3日経っても、捕まったなんて知らせはなく、この鐘の音はきっと朗報だと皆は思った
「さる新月に起こった事件について…
まず、未だ犯人の特定に至らないことをお詫び申し上げる
そして、今後とも全力を尽くして捜査にあたり、必ずや犯人を特定することをお約束申し上げる
しかしながら、手がかりはあまりなく、どうか少しでも手がかりがあれば申し出てくれるようお願い申し上げる
それと同時に、この事件のカラクリについて分かる者がいたら、どうか名乗り出てほしい
王も、この事態を嘆き、解決した者には報奨金が出る運びとなった
この国の安寧のためにも、皆々様の協力をどうかお願い申し上げる
情報提供先は、下記に記すゆえ、匿名の投書でも構わない」
ざわめきは、お昼休みが終わる頃になっても、街から遠のかないように思えた
街の人たちは、また一層厳重に戸締まりをして眠るだろう
「凄惨、凄惨って言われているけど、実際目にしちゃいないからなぁ」
「ボロ雑巾のようにズタボロにされたのかねぇ?」
「それにしちゃ、血の匂いが辿れないのはおかしいじゃないか」
「凄惨なのに、血が一滴も出ていないなんてあるかい?」
「吸血鬼でも、この街にいるってのかい」
「それじゃあ、昼間外に出てこない奴が怪しいじゃないか」
「そんな奴、この街にはいないさ」
「あるいは奇病で死んだか…」
「そんなら、遺体を片付けた警察の方でも発病してるだろうよ」
「警察に分かんねぇことが、俺ら庶民に分かりっこないんだ」
「だけどよ、分かったら王様から報奨金が出るんだろ?」
「デタラメ言ったら、しょっぴかれるかもしれねぇぞ!」
「みんなが警戒してるんだ、犯人ももうやりにくいだろう」
「無差別でなけりゃ、もう誰も殺されやしないさ」
「被害者の交友関係に怪しいものがいないからこそのお知らせじゃないのかい?」
「交友関係の薄いやつだっているだろ?」
「痴情の縺れとか、酒場で知り合っただけの仲で、喧嘩の弾みとかなぁ」
「わけもなく、殺すやつならとっくに何人もヤラれてるさ」
「解決も何も、捕まっていないだけで、終わってるんだ心配するこたない」
「俺らは家族がいるからなぁ…」
「下手なこと言って、犯人の耳に入ったら、それこそ大変なことになるかしれん」
銘々が、銘々の不安や、疑問や、考えを言葉に出して、日が暮れる前には家に戻るようにしていた
この街の家々のどこかに、まだ潜んでいるのかいないのか
顔見知りなら、家族なら大丈夫。この家の中なら大丈夫。
祈るように静かに日々を過ごす
また、いつか鐘が鳴り響いて、そのときには安心して日々を過ごせるようになると…
そして、その日は意外と早く訪れた
小さな手がかりが重なって、大きな手がかりとなったのか
どこかにいる優秀な探偵が協力を申し出たのか
同じように、昼前に鳴り響いた鐘の音に、そわそわそわそわ街の人たちが集ってくる
貼りだされた内容は拍子抜けするようなものだった
「ご協力、感謝致す
此度、さまざなな投書、手がかりが集い、その中の一つが、とても素晴らしく王がご納得され報奨金はその者に与えることとなった」
「何だ、解決はしてないじゃないか」
「いや、したから貼りだされているんだろ」
「結局、犯人は誰かねぇ?」
「とっくに警察が捕まえてるよ」
「まぁ、新月の晩は気をつけろ、ってことだ」
「戸締まりも、これで油断したらいかんな」
「ほんとに吸血鬼でも、いたんかね」
ざわめきの街で、報奨金は渡される
「急に羽振りの良くなったやつがいたら真相を聞いてみようや」
「久々に、少し飲んで帰ろう」
「酒場じゃ、そいつがヒーローだな」
「これで少しは安心して眠れるよ、子供たちもね」
王が王剣を側近に手渡す
うやうやしく、誰かは頭を垂れて待つ
ざわめきは…ざわめきは遠のいていく…
静かに静かに、物語は幕を下ろす
傅いた誰かの手に、誰かの頭が落ちた
「この者の話が真実であろうと、なかろうと…
同じ危険を秘めていることに変わりない
理由を知る者は、生かしてはおけぬ
手がかりのなさが新月のせいなら、新月を無くしてしまえば良いのだ」
報奨金は、自らの手に受けた、自らの頭だった